憲法を「正しく」変えるための世界史入門 もしくは、なぜ自民党の改憲草案は「十七条憲法」になるのか

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ことばの力、文章の技法が「政治的」な制度を支える

国民国家を『想像の共同体』と呼んだベネディクト・アンダーソンをもじって、ハントは人権の基礎にある文化を「想像された共感」と呼ぶ。

『憲法の創造力』(2013年、NHK出版新書)

新聞紙上で「日本人」が事故や災害の犠牲になったと報じられると、それが見知らぬ人であっても私たちの心は痛む。時として対立的に論じられるナショナリズムと人権は、ともにかような感情の産物であり、19世紀以降の国際政治は、人々の共感の範囲を自国に囲い込もうとする諸国家どうしの闘争だったのだ。

だとすれば、憲法や人権といった「政治的」な制度も、実際には「文学的」な共感を生み出すことばの機能によってこそ、支えられていることになろう。憲法学者による入門書である木村草太『憲法の創造力』もまた、よりよき法秩序の創造は文章の力にかかっているという事実を、その筆致を通じて示してくれる。

たとえば、公務員が休日に政党のポスターを貼ることまで禁止する判例は、その論拠を「職務にも自分の思想を持ち込むかもしれないという疑念を招くからだ」と説明する。しかし、運送会社の宅配人を「彼の趣味に合わない荷物は届けていないのではないか」と疑う人がいたら滑稽だろう。

かように、「何と何が同じなのか」を、広く共感を呼ぶ形で示しうる比喩やレトリックの技法こそが、憲法典の文言からいかなる社会を導き出すかを左右するのだ。

すなわち、憲法を「書き換える」のは、決して政治家だけの仕事ではない。

現在のそれをどう「読み替える」かも含めて、国民ひとりひとりのリテラシーがこの国のかたちを作っているのだという自覚のもとに、主権者としての一票を、これからも投じ続けたい。 

【初出:2013.7.6「週刊東洋経済(エリート教育とお金)」

(担当者通信欄)

2013年の参議院選挙は、新たな取り組みや、個性的な候補者に注目が集まりながらも、事前に予想されたとおり、自民党大勝に終わりました。特に経済政策、アベノミクスが有権者の支持を得た結果とはいえ、考えるべきことは、ほかにも山積しています。中でも重要な憲法改正について、首相は「腰を落ち着けてじっくりと進めていきたい」と述べていますが、それがどのように進もうとするのか。選挙を終えた今こそ、考えていきたいテーマです。

本文中に取り上げられた書籍、それぞれのタイトルにある「創造」という言葉からも、将来へ向けた思考が促される『人権を創造する』『憲法の創造力』をぜひあわせて。

さて、與那覇潤先生の「歴史になる一歩手前」最新記事は2013年7月29日(月)発売の「週刊東洋経済(特集は、住んで損する街得する街)」に掲載!

【あの戦争から遠く離れて、歴史を文学にする二つの方法】

終戦記念日も近づく時期、今年もさまざまな話題作が出てきます。しかし、本人が戦争体験を持たず、親族にも体験者はいない、体験者に会ったことのない、そんな世代も増えてきているのが現状という今、歴史を伝えるためには工夫が必要です。ではその方法とは何なのか? 昨夏の話題作を取り上げつつ考えます。

 

現在の日本について、歴史から考えてみたい方は、2012年9月刊行の『「日本史」の終わり 変わる世界、変われない日本人』(池田信夫氏との共著、PHP研究所)を。

2011年刊行の話題書!『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』(文藝春秋)
 
兵士としての小津安二郎を読み解き、「昭和」、「日本」を考える。『帝国の残影―兵士・小津安二郎の昭和史』(NTT出版、2011年)

 

 


 

與那覇 潤 評論家

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よなは じゅん / Jun Yonaha

1979年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近現代史。地方公立大学准教授として教鞭をとった後、双極性障害にともなう重度のうつにより退職。2018年に自身の病気と離職の体験をつづった『知性は死なない』が話題となる。著書に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』『歴史なき時代に』『平成史』ほか多数。2020年、『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏との共著)で第19回小林秀雄賞受賞。

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