「近未来の管理社会」描く小説が人気のなぜ 古典「1984年」から最新作まで
『1984年』は68年前に書かれた小説だが、現在の状況にとてもよく似ている。たとえば『1984年』の主人公は党に指示されるままに記録を改竄・抹消するのが仕事だ。トランプ政権の大統領顧問は、事実を捻じ曲げ捏造した情報を「オルタナティブ・ファクト」と呼んだが、これは『1984年』に登場する、国民の論理的思考能力を低下させる言語「ニュースピーク」を彷彿させる。
「権力者は自分のやりたいことをするために様々な詐術、トリック、ごまかしを使います。オーウェルは警告としてディストピア小説を書きました。読むことで知恵がついて、ニュースをちょっと批判的に見るとか、政府の発表は本当にそうか、といった複眼的な見方ができるようになると思います」(山口さん)
1932年に発表された英作家オルダス・ハックスリーの『すばらしい新世界』などの訳書がある翻訳者でSF批評家の大森望さんは、安倍政権やトランプ政権といった政治の話題にかかわらず、そもそもSF作品として最近ディストピア小説は根強い人気があると話す。
「私が講師を務めるSF講座でSFのイメージを質問したところ、多くが『AI(人工知能)』と『ディストピア』を挙げました。これが今のSFのリアリティーなんだと思います」(大森さん)
SFばかりではない。小説全般にディストピア小説の人気は高まっている。文芸作品に詳しい三省堂書店の新井見枝香さんはこう話す。
「今『1984年』などが売れていますが、SFファン以外にも読まれています。ディストピア小説は、実際にありそうなおそろしい未来を描いています。救いもなく、本来なら嫌なものだけれど、実はそのほうがリアリティーがあって、今の気分に合い共感を呼んでいる。以前は、エンタメ作品としては勧善懲悪や明るい話が好まれましたが、村田沙耶香さんの『殺人出産』(14年)が話題になってから書店の対応が変わってきたと思います」
『殺人出産』は10人産めば合法的に1人殺してよいという社会を描く。
「未来は暗い」前提
なぜ、ディストピア小説が共感を呼ぶのだろうか?
特に今の若い人は、「未来が暗い」という前提の中で生きているからだと、前出の大森さんは指摘する。
「かつて小松左京さんなどは科学の力で明るい未来というビジョンを小説に描きましたが、今の40代以下の人たちは、明るい未来というイメージがあまりない。未来を想像すると、ディストピアになっているのが自然なのかもしれません」
こうした空気をいちはやく読み取り、若者の支持を集めたのが、74年生まれで09年に夭折した作家・伊藤計劃だ。担当編集者でSFマガジン編集長の塩澤快浩さんはこう話す。