まず、感情労働について掘り下げて考えてみましょう。従来、労働は肉体を動かす「肉体労働」と、頭脳を働かせる「頭脳労働」の2つに分けられ、それぞれ、ブルーカラー、ホワイトカラーと呼ばれてきました。現代社会では、それらに加えて対人関係を主とする仕事が大きな位置を占め、それが感情労働と呼ばれます。すなわち、感情を商品として労働を提供しているというのです。
アメリカの社会学者、A.R.ホックシールドは、飛行機の客室乗務員(CA)などの職務を感情労働の代表例として最初に取り上げました。その後、看護師などの医療者や介護士などの職種でも感情労働の要素があることが指摘され、現在では、さらに官公庁の広報部や会社の苦情処理係など、多くのサービス業においてもこれが要求されているとされます。
医療職に求められる労働は多様で、知識や考えることを必要とする頭脳労働の部分もあれば、体と技術を使う肉体労働の部分もあります。ただ、感情を押し殺して対処するという感情労働としての部分も少なからずあり、その比重は最近増えてきているのです。
たとえば、患者からどんな無理・難題を言われても、それに対して怒りを表さず、優しく笑顔で対応すること。どんな急変が起きた緊急事態下でも、患者の前で慌てたそぶりを見せず、冷静に対処すること。どんな悲しいことがあったとしても、泣いたり、取り乱してはならないこと、などが要求されます。
患者の感情に揺さぶられていたら、仕事にならない
実際、病気になった患者さんやその家族が、病気になったことに対して怒りの感情をもち、その怒りを看護師などの医療者にぶつけてくることは珍しくありません。医療者が、その怒りにいちいち反応していては、仕事が進まないという面があります。怒りに反応していては自分の身も心ももたないという面もあります。また、病院の経営サイドは、患者さんと問題を起こしてほしくないと、職員に対して感情を押さえ込むこと、抑圧することを求めます。
また、医師は、科学者として医療を提供することが求められているという思いが強く、どんな状況下でも冷静であり客観的であろうとし、そのためにも、患者さんからある程度距離を置いて接することが必要と考えています。医学教育の中で、そのように教育されてきたからです。
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