教育困難校の生徒は保育・介護の重要戦力だ 「奨学金の拡大」より優先するべきことがある

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家族の別れや戦死といった場面になると、男女問わずすすり泣きの声が漏れる。そして、見終わった後は、「せんせ、絶対、戦争はいやだ」と言ったシンプルな言葉を口々に残していく。受験に効率的な勉強だけをしたいと考えている生徒が集まっている学校では、ヒューマニズムあふれる場面が続いても、隠れて勉強をしようと試みる生徒がいるのとは雲泥の差だ。

このように、人の不幸に敏感で共感力にあふれ、その一方、自分の能力に自信がない「教育困難校」の生徒たちは、自分より弱い立場の人の役に立ち、当事者や周囲の人から感謝されたり褒められたりしたいと切望している。そこで、彼らが自分より弱い立場と感じている子どもや高齢者、障害者に視線を向け、福祉や保育の仕事に就きたいと考えるのだ。進学校では、これらの分野を希望する生徒は非常に少ないのと対照的である。進学校の生徒は自分の能力に自信があるので、人の役に立つことより自分を高めること、あるいは人の役に立ちたいと思っても医療や国際貢献、教育などの面で活躍したいと考えがちだからだ。

保育・介護の世界にも進めない理由とは

言うまでもなく、福祉も保育も現在の日本では最も人出不足が問題視されている職業だ。この分野を希望する「教育困難校」の生徒たちは、今後の日本の子育て・介護の担い手になる可能性がある。しかし、その分野を志望する「教育困難校」の生徒たちの多くは希望の道に進めない。彼らの進路を妨げるのは、次の2点だ。

まず、進学する資金。それが工面できずに進学自体をあきらめる者も多い。さらに、奨学金や教育ローンを借りて進学しても、大きく立ちふさがるのが資格試験という壁である。たとえば、保育士資格取得のための国家試験では1回目の受験での合格率は過去10年以上、2割弱程度になっている。この試験は8教科9科目の筆記試験と音楽などの表現の実技試験2科目の内容だが、これは基礎学力もおぼつかない者には非常な難関である。福祉現場で働くための基本的な資格である介護職員初任者研修でも、その認定・取得には修了試験という筆記試験がある。こちらの合格率は高いとされるが、それでも座学や試験が苦手な者にはプレッシャーだろう。

保育も福祉も人間相手の大事な仕事なので、十分な学習や研修が課されるのは当然だ。しかし、実際にその方面を目指してくる人々の実態を見誤っていないだろうか。どちらも、低賃金、過酷な労働条件が周知の事実となっているので、十分な学力がある層は高収入・好条件が望める方面に逃げてしまう。今後は、その仕事をやりたいと考える人、つまり他者に優しい「教育困難校」の生徒たちを、その仕事にふさわしい能力へと伸ばすような方法を考えることが、その生徒にとっても日本社会にとっても必要なのではないだろうか。

上級学校への奨学金を拡大することが最良の道ではない。基礎学力がない彼らは資格取得の過程で挫折してしまうからだ。彼らの優しさをそのままに、学ぶ姿勢と基礎学力、自身の感情をコントロールする力を、安心できる場で少しでも早い時期に習得させることができれば、少子高齢化の進む日本社会が抱える課題解決のための大きな戦力となると思う。そのためにも、保育や介護の仕事の賃金や労働条件が早急に改善されてほしい。そうすれば、そこで働く「教育困難校」卒業生たちが経済的・精神的に豊かになり、彼らの次の世代には相対的貧困が減り、「教育困難校」は消滅するのではないかと筆者は夢想している。

朝比奈 なを 教育ジャーナリスト

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あさひな なを / Nao Asahina

筑波大学大学院教育研究科修了。教育学修士。公立高校の地歴・公民科教諭として約20年間勤務し、教科指導、進路指導、高大接続を研究テーマとする。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演等幅広い教育活動に従事。おもな著書に『置き去りにされた高校生たち』(学事出版)、『ルポ教育困難校』『教員という仕事』(ともに朝日新書)などがある。

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