細部への関心が高い政策分野のひとつが通商政策である。海外移転企業を狙い撃ちした高い関税や、北米自由貿易協定(NAFTA)からの脱退などの保護主義的な提案が、大きな注目を集めている。米国の国内法や世界貿易機関(WTO)による国際ルールとの整合性など、制度面での実現可能性に関する議論も盛んである。
個別の提案に着目した議論には、ときに「木を見て森を見ない」リスクが伴う。それぞれの政策は、あくまでも手段である。通商政策でいえば、トランプ氏の目的は、必ずしも保護主義的な政策を実施することではない。
雇用にこだわるトランプ氏にとって、個別の提案は米国にプラスになるような「取引(ディール)」を引き出すための手段である。実際に実行できないにしても、相手国が譲歩すれば所期の目的は達成される。制度的な理由で実行できないというのであれば、ほかの手段を考えるまでだ。
制度が手足を縛るとの期待は禁物
中国の為替操作国指定を巡る議論にも、「木を見て森を見ない」リスクがある。米紙とのインタビューでトランプ氏は、直ちに中国を為替操作国に指定するのでなく、まずは協議を行う方針を示した。一見すると対中姿勢を軟化させているようだが、為替操作国への指定が中国から譲歩を得るための手段だと考えれば、そうとは言い切れまい。
仮にトランプ氏が中国を為替操作国に指定したとしても、制度的に定められている米国の次の行動は、中国との協議である。トランプ氏とすれば、為替問題が協議されるのであれば、操作国に指定するかどうかは大した問題ではない。
付言すれば、制度的な理由がトランプ氏の手足を縛ると期待するのは禁物である。通商政策に関しては、議会の承認を得ずとも、少なくとも一時的には関税を引き上げられるなど、米国の大統領には多くの権限が与えられている。
ルールを迂回する「知恵」は、いくらでも出てくると考えたほうがよい。議会スタッフやロビイストなど、トランプ氏の周囲には腕利きの専門家が集まってくる。良し悪しは別にして、米国の首都ワシントンへの「知」の集積を、甘く見るべきではない。
トランプ氏の政策に、真っ当な内容が含まれる可能性がある点にも注意するべきかもしれない。トランプ政権下での通商政策では、アンチダンピングや相殺関税の積極的な活用が想定される。たしかに濫用は問題だが、これらの措置はWTOでも認められており、現に日本も利用している。その利用自体をとがめるのは、いささか議論が飛躍している。「トランプ氏の政策には問題がある」という固定観念に縛られるのではなく、個別の内容を精査した丁寧な対応が必要だ。
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