「在宅死」を現役医師が必ずしも勧めない理由 家族の疲弊を考えれば病院死も選択肢に入る

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香山:それはやはり、おじいさまを納得して看取ったというよりは、もっとこうすればよかった、こうできたんじゃないかという思いですか?

:はい、そうだと思います。祖父の死の知らせを受けて家に戻ったとき、祖母が、「まだ温かい」と、祖父の体を愛おしそうに何度も何度もなでていたんです。でも、私は祖父の体にほとんど触れることができませんでした。

祖父が死んで、さぞかしホッとしただろうと思っていたのに、祖母があんなに悲しんだことや、私は死が怖くて祖父の体に触れられなかったことなどを、小説を書きながらあらためて思い出しました。今回の小説は、整理がつかないまま抱えていた当時の思いへの、自分なりの答えのようにも思います。

香山:『サイレント・ブレス』を読んでいて、すべて実際の話のように、また、まるで自分の身に起こったことのように思えてしまうのは、南先生のそのようなお気持ちが込められているからなんです。

「病院死」「孤独死」……多様なスタイルの「よき死」

最後にあらためてお尋ねしますが、在宅介護の経験者として、また医師として、南先生の考える理想の看取りとはどのようなものですか?

:そうですね、私が勤務医だということもあるのですが、在宅でなくても、もっと病院でも、家族に見守られた穏やかな最期を迎えられるようになればいいと思っています。

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そのために、医師として、狭い意味での「治療」にとらわれるのでなく、患者さんとご家族にとっての幸せとは何なのか、自分たちにできることは何なのかを、見極めていきたいと思います。

そして、看取りに臨まれるご家族には、これが実はとても難しいのですが、年老いた親に最期のときが近づいていることを受け入れていただき、ご本人もご家族も、残された日々を幸せに過ごしていただきたいと思っています。

香山:これからは、子どもや配偶者などの家族に看取られることなく死んでいく人が増える時代ですよね。私自身は、いわゆる「孤独死」も、不幸な死だと思っていないんです。どんなライフスタイルを選択しても、その人にとって「よき死」が迎えられる社会であってほしいと思います。

私の最期のときには、ぜひ南先生の病院でよろしくお願いしますね。

:はい、大歓迎です(笑)

(構成:須永貴子 撮影:風間仁一郎)

香山 リカ 精神科医

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かやま りか / Rika Kayama

1960年、札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。豊富な臨床経験を活かし、現代人の心の問題のほか、政治・社会批評、サブカルチャー批評など幅広いジャンルで活躍する。『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』『しがみつかない生き方』(ともに幻冬舎新書)、『悲しいときは、思いっきり泣けばいい』(七つ森書館)、『新型出生前診断と「命の選択」』(祥伝社新書)、『ひとりで暮らす 求めない生き方』(講談社)など著書多数。

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南 杏子 医師

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みなみ きょうこ / Kyoko Minami

1961年徳島県生まれ。日本女子大学卒。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入。卒業後、都内の大学病院老年内科などで勤務したのち、スイスへ転居。スイス医療福祉互助会顧問医などを務める。帰国後、都内の終末期医療専門病院に内科医として勤務。『サイレント・ブレス』がデビュー作。

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