保険医療の受託執行人としての医師は、その社会における保険診療で許された範囲の中で医療を提供しようとします。患者は社会の一員として平等に健康保険による医療を受けられることになります。わが国の保険制度は最近徐々に悪化してきていることが気掛かりですが、貧富の差に関係なく世界的に高いレベルの医療が公平に受けられる優れた制度です。
医者の役割意識が「マイナス」に働くとき…
ところが、同じ役割意識も、悪い方向に働く時には、次のような結果になってしまいます。
まず、呪術者のごとくふるまう医師は、治せない病気であっても治せるふりをします。進行した胃がんで、明らかに開腹手術を適用してはならないのに、そのことを患者に伏せて胃を全部取る手術をするなどはこのたぐいです。しかし、こうした判断をしたことで、その後がんが進行してしまい、結果として、医者にだまされたという被害意識を持ちます。
頑固な父親としての医師は、患者を治すための唯一の正解を知っているのは医師だけであるといわんばかりに、高圧的な態度で治療を施します。患者は、「そんな治療は望んでいないのに」と不満を持ちます。
科学者としての医師は、科学的な証拠(エビデンス)を積み上げること、すなわち研究を優先しがちになります。また、専門者間・科学者間の評価を最も大切に考えます。素人(患者)の意見や評価は眼中にありません。患者は、科学者として患者を診る医師に冷たい視線を感じ、実験の研究材料として利用されてしまっているのではと疑心暗鬼になります。
また、診療において、検査による数値や画像によって病気を判断することを大切と考えますから、診察室でもコンピュータの画面ばかりに目が行きます。患者から話を聴いたり、診たり、触ったり、聴診器をあてて聴くことは重視しなくなってきます。
そして、保険医療の受託執行人としての医師は、保険で許された範囲内の医療、マニュアルどおり、ガイドラインどおりの医療で済ませようとします。保険で許される範囲外の医療に対して興味を持つことはありません。患者は医師の官僚的なふるまいに憤慨することになります。
近年、医療保険の点数が抑制されたことで、公的な病院の中には経営上赤字に陥っているところが多く、勤務医は病院の経営上の配慮も強いられます。例えば、急性、重傷患者の治療を行う急性期病院では、長期の入院は避けるように患者に転院を勧めることが求められます。
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