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SMAPと欽ちゃん、切っても切れない深い関係 「素人の時代」を切り拓き、発展させた

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それに並行して、歌の登場順も後半、しかも最後の方へと変わっていった。そして2003年、「世界に一つだけの花」でグループ歌手としては史上初の(大)トリを務めた。「NHK紅白歌合戦」という番組には、日本人にとって年に一度、共同性の感覚を確認する場という側面がある。SMAPはその中心となったのである。

そうしたなかでSMAPは、ある種の社会的役割を積極的に果たすようになっていった。

例えば、1995年1月に阪神・淡路大震災が発生したときには、直後の「ミュージックステーション」(テレビ朝日)で、メッセージとともに『がんばりましょう』を歌った。また11年の東日本大震災の際にも、視聴者から寄せられたメッセージとともに彼らができることを考えるという内容の「スマスマ」緊急生放送があった。そのときにも最後に『がんばりましょう』が歌われた。それから、毎回番組の終わりに彼らは義援金の呼びかけを続けている。

また2015年に「NHKのど自慢」のキャンペーンイメージキャラクターに就任したことも、同じ文脈において理解できることである。

そのことが公になった際、SMAPと「のど自慢」という結びつきに意外という声も挙がっていたが、それはSMAPのコミュニティとしての役割を考えれば、むしろ自然なことであったと言っていいだろう。そして実際、番組に出演して年齢も性別もさまざまな出場者や観客を盛り上げ、ともに楽しむ姿は、私たちの社会の伴走者のような存在になったSMAPを象徴するものだった。

「王道」の意味を更新する

ここまで、SMAPとテレビの関わりの歴史を振り返りつつ、いくつかのポイントを挙げてきた。それを踏まえながら、最後に冒頭に掲げた問いに戻ろう。

SMAPは「プロ」なのか「素人」なのか? 

その答えは、すでに述べてきたところから明らかだろう。SMAPにおいて「プロ」であることと「素人」であることは逆説的につながっている。アイドルとして「素人」であることに徹しようとしたSMAPが、プロ中の「プロ」になるという逆説である。

SMAPは、アイドルの本質である素人性、つまり専門にとらわれずなんにでも挑戦し、それによって成長を続けようとする姿勢を貫き通した。そのことが、多くの視聴者に共感を抱かせると同時に、テレビの娯楽において「プロ」が担ってきた「王道」の地位を彼らが継承することにもなった。その意味で、SMAPは「一流の素人」、いや「究極の素人」であった。

だが別の角度から見れば、SMAPがそうなるのは必然であったのかもしれない。

萩本欽一が発見したように、テレビは「素人」が存在感を発揮するメディアである。少なくとも70年代以来、テレビはそのような方向に自らの可能性を探ってきた。そして繰り返しになるが、アイドルが「素人」であることを運命づけられた職業であるとすれば、アイドルがそうした「素人」を代表する存在になることになんら不思議はない。

いわばSMAPは、テレビ、素人、アイドル、そして90年代以降の模索する日本社会が交わった場所に偶然身を置くことになった。だがそこにおいて求められるものを、これ以上ないくらい真摯に引き受けた。言い換えれば、70年代以来、テレビが社会と接近するなかで追い求めてきたものの完成形、それがSMAPであった。テレビにおける「王道」の意味は、彼らによって更新されたのである。

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