アップルですらクールで居続けるのは難しい 日本の製造業はもっと大胆に発想転換せよ

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官能訴求とは、男性にたとえれば、目が飛び出るくらいの美女とたまにデートできる。そんな感覚でしょうか。誰でも簡単に手に入れられない。数にも限りがある。しかし、官能訴求は、どんな美女でも毎日会えば飽きるように、いつか飽きられてしまうもの。栄枯盛衰の激しい世界です。だから、ブランドと価格を守り、ビジネスを安定させるには、大変な工夫が必要になる。

それこそヨーロッパの高級車メーカーは、たとえどんなに円高ユーロ安になっても、値段を下げない。むしろそれはブランドを毀損することを彼らは知っているからです。仮に販売台数が減っても、利幅で儲かればいいと考える。それで企業としては成立するのです。

日本の製造業に必要なのは、発想の転換

そもそも、かつてとは社会構造が大きく変わっている、ということに気づく必要があります。自動車や電気などの日本の製造業が、相対的な存在感を落としているのは、社会構造の変化についていけていないからです。

日本の製造業は今なお分厚い中間層をイメージした製品を作り続けています。中国にも送り続けている。しかし、市場にマッチしていないのです。中国ではすでにアメリカ型の所得階層構造ができあがっています。富を持つわずかな人と、大部分のそれ以外、という社会構造です。

必要とされているのは、“リーズナブルないいもの”などではないのです。とことんぜいたくで高級なモノか、最低限の機能に特化したとことん安いモノか、どちらかです。中途半端な商品は売れないのです。日本の製造業に必要なのは、発想の転換です。分厚い中間層のいる日本市場は、あくまで世界の例外だと理解すること。つくった設備や雇った人材を無駄にしたくないからモノをつくるという癖から抜け出すこと。高級か、激安か、突き抜けた付加価値を持つ商品を送り出すこと。量を誇るビジネスから脱却すること。

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年間生産台数なんてものを目標にしているメーカーは、もはや世界にはありません。実際、すでにドイツの自動車メーカーも、官能訴求、付加価値追求ビジネスに見合った仕組みやエコシステムを自社でつくりあげています。日本にも、こうした新しい概念が出てこなければいけない。求められているのは、大胆に構造を変えることなのです。

今や単にビジネスモデルを変えるのではなく、コーポレートモデルを変える勇気が必要です。「そんなことができるのか」という声もありますが、スイスにできたことが、日本にできないはずがありません。それができるだけの歴史的背景や文化的背景も、日本は持っています。

事実、明治時代、開国で日本にやってきた欧米人は、競って日本の工芸品や美術品を買い漁りました。その文化的、官能的なすばらしさに圧倒されたからです。今からでも官能訴求、付加価値訴求ビジネスへの新しいチャレンジは、できるはずです。

(構成:上阪徹/ブックライター)

冨山 和彦 経営共創基盤(IGPI)グループ会長

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とやま かずひこ / Kazuhiko Toyama

経営共創基盤(IGPI)グループ会長。1960年東京都生まれ。東京大学法学部卒業、スタンフォード大学MBA、司法試験合格。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。2007 年の解散後、IGPIを設立。2020年10月より現職。共著に『2025年日本経済再生戦略』などがある。

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