「契約理論」はわれわれの身近で役立っている 2016年ノーベル経済学賞2人の重要な業績

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とりわけ重要な応用分野はコーポレートファイナンスだろう。ハートの1995年の講義録も後半は「金融構造を理解する」と名付けられており,公開企業の資金調達方法および議決権構造の決定や企業の破産に際して誰が何を得るか、破産企業をどうするかなどの問題が論じられている。また、企業を政府と置きかえれば、中央と地方、官僚と政治家間のパワーの配分、そしてより一般的に政府組織や投票制度のあり方への応用となる。

契約や制度の目的を理解する

現代の契約理論で標準的となっている分析枠組みの多くは、ハートとホルムストロームによって(彼らの共著者とともに)開発されてきたものである。契約理論はもともと現実に観察される制度の特徴を理解しインセンティブの問題を解消することを目標として発展してきた。その基礎にある分析枠組みを創りあげたハートとホルムストローム自身も同様である。紹介してきた彼らの学術論文や業績の多くは数学的、抽象的なものだが、そこで生み出された理論が広範な分野への応用の花を咲かせてきた。

現実にみられる契約や制度には問題に対処することを目的に設計されたものが多くあることをよく理解すれば、制度の下で新たな問題が発生したとき、性急に制度を捨て去ったり、変更したりすることに慎重でなければならないことがわかる。その制度が防いでいて表面に現れてこなかった問題を再び目覚めさせる可能性があるからだ。ハートとホルムストロームが貢献してきた契約理論のもっとも大切なメッセージである。

伊藤 秀史 一橋大学大学院商学研究科教授

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いとう・ひでし / Hideshi Itoh

1982年一橋大学商学部卒。1988年スタンフォード大学ビジネス・スクール博士課程修了 (Ph.D.)。京都大学経済学部助教授、大阪大学社会経済研究所助教授を経て、2000年より現職。その間、カリフォルニア大学サンディエゴ校、スタンフォード大学、コロンビア大学、ミュンヘン大学経済研究センターなどで客員教員・研究員を歴任。
プリンシパルと複数エージェント間の協力とインセンティブ設計に関する業績、行動経済学からの知見をエージェンシー理論に導入した業績などで国際的に知られ、学術雑誌に多数引用されている。また、日本の企業グループの権限委譲に関する理論・実証研究、最近では関係的契約の理論研究も行っている。著書に『ひたすら読むエコノミクス』(有斐閣、2012年)、『契約の経済理論』(有斐閣、2003年)など。

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