わが社にも実例があります。われわれのマーケティング部門の総監は、これまでアメリカや中国のオンラインゲーム企業を渡り歩き、われわれがぜひとも欲しかった人材でした。ただ困ったのは給料。彼はすでに総監(部長)クラスの給料を稼いでおり、わが社は、彼の前職と変わらない給料を提示するのがやっとでした。
しかし、彼はオファーを受けてくれた。後から聞いたところによると、彼にはほかのIT企業から、われわれが提示した額の1.5~2倍の給料を軒並み提示されたようです。そのひとつは、中国きってのインターネット・コングロマリット、テンセント(QQ)。
では、彼がなぜわが社を選んでくれたかというと、「テンセントなどに行くと、自分の成長スピードが落ちると思ったから」です。潤沢な予算があるので大きな案件は手掛けることができるかもしれないが、頭を使うような案件も少なく、誰がやっても成功するから自分のバリューを出せない。逆に限られた予算や制約条件の中で、どうやって大きな成果を出すかと考えないと、自分の頭も腕も鈍ってしまう。そういうところよりもベンチャーのほうが成長できる……。そういう危機感からあえてわが社に転職したのだそうです。実際、彼は入社後、獅子奮迅の働きで、新しい収益の柱となるビジネスを短い間に立ち上げ、今もその責任者です。
日本企業の機会ロスと成長ロス
このような事例を見ると、先の生活水準を向上する話からは、一見、矛盾しているように思えますが(まあ彼もベンツを早く買いたいとぼやきますが……)、彼らは現在価値ばかりではなく、将来価値をしっかり考えて、動いていることがわかります。彼は将来、独立してマーケティング・エージェンシーを運営するという目標があり、そのためのひとつのステップとしてわが社で働いているので、本当の意味での「個人事業主」を目指すユニークな例です。
とはいえ皆が皆ベンチャーで成功という夢を見ているわけではなく、現実的に、企業の中でマネジメント層になって、安定した生活を送るということを目標にしている人も多くいます。ただそれは日本のように生涯ひとつの会社で、経験を10年20年とこつこつ積み上げるという感覚ではなく、エキスパートとしてのスキルを鍛えて、職場を変えていきながら、数年のうちにはい上がる感覚なのです。彼らのマインドと成長へのスピード感を理解して、日系企業は事業を丸ごと任せきるというキャリア・パスを示さないと、中国で最も意欲的でよく働く人材を雇用し損ねてしまいます。
中国での日系企業は、「up or out」(昇進か、さもなくば退社しろ)という文化ではないため、実は安定志向の人たちが入ってくることがとても多いのです。「ここにいれば、まあまあの給料で、ずっと養ってくれる」と。だから、総監になる力が欠けているという側面もあります。ここに日系企業の機会ロスと成長ロスがあります。
日系企業が中国に根を張って、さらなる飛躍を目指すのであれば、発想の転換が必要です。「個人事業主」に対して、彼らの成長を明確に助け、日本とは違うキャリア・パスを作り、権限をどんどん委譲する。エキスパートとしての力を自分たちの力にしながら、一緒にバリューを生み出すやり方が飛躍のカギとなるでしょう。
(構成:上田真緒)
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