なぜフランス人は「イスラム水着」を嫌うのか テロを受け西側価値観の押し付けが強まった

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こうした考え方は、イスラム教には人権に反する要素があるという20世紀末から強まっている風潮を反映している。女性や同性愛者の平等は古代から続く西洋の伝統的な考え方であり、異教徒の偏見から守られるべきだと言わんばかりだ。

またヴァルス仏首相は、フランス共和国のシンボル「マリアンヌ」に倣って、胸をあらわにするのが同国の自由のシンボルだと発言した。

ヴァルス氏の歴史観からすれば、公衆の面前でヌードになるのはフランスの伝統であり、自由のシンボルだということになる。完全なフランス人になるには、女性は胸を露出しなければいけないというのだ。

だが、マリアンヌがフランス共和国のシンボルとなった19世紀、ヌードはギリシャの神々や神話のヒロインを描いた絵画や彫像の形でしか受け入れられなかった。絵に描かれたマリアンヌやビーナスの裸の胸を見つめることは差し支えなかったが、実際の女性は足首の一部を露出することさえ不適切とされていた。

国は服装の自由に立ち入るべからず

今回の問題は、国家が特定の服装の着脱に関する是非を判断すべきなのかという点にある。フランスでの一般的な考え方は、人はプライベートで何を着ようが自由だが、公共の場では世俗的なルールに従うべきだというものだ。だが最近はこうしたルールがイスラム教徒に対し、より厳格に適用されているようだ。ブルキニを着た女性すべてが潜在的なテロリストだとは考えられないのだが。

イスラム教徒の女性から、スカーフを頭に巻いたり全身を覆ったりする選択肢を国家が奪う権利があるとの考え方に、私は疑問を呈したい。女性を権威主義から解放する最善の道は、学校やオフィス、そしてビーチで彼女たちが公共の生活を主体的に送れるよう力づけることである。

国家が共通のルールを強要すれば、当初は意図していなかった弊害につながるおそれがある。共通のアイデンティティに人々を縛りつけようとすれば抵抗も強まる。

スカーフを頭に巻いたり、あごひげを生やしたり、ボディスーツを着たりすることは、辱められた人がプライドを守る無害な手段になりうる。こうしたプライドや防御性を奪ってしまうと、即座に有害なことが起こりかねないのだ。

週刊東洋経済9月24日号

イアン・ブルマ 米バード大学教授、ジャーナリスト

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Ian Buruma

1951年オランダ生まれ。1970~1975年にライデン大学で中国文学を、1975~1977年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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