テレサ・テンという、アジア最強コンテンツ 死後も10億人を魅了する魔力

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いつも国から国へ、町から町へと移動していたテレサ・テンは、カバンに常に3冊の本を入れていたこともこの展示で初めて知った。『唐誌三百首』『李清熙詞選』『張愛玲小説集』という3冊で、前の2冊は中華民族としての教養には欠かせないものだし、張愛玲は近代中国ナンバーワンの女流作家。張愛玲が歩んだ数奇な人生にテレサ・テンは自分の人生も重ねていたのではないだろうか。

そして、特別展の入口にあった紹介文には、テレサ・テンというスターの位置づけについてこんな言葉があり、なるほど、そのとおりだと思わされた。

「彼女は台湾、香港、日本、東南アジア、米国、ヨーロッパのどこにおいても大きな足跡を残した世界でも希有な歌手である」

特に中華圏を中心とするアジアでは圧倒的な人気を誇り、テレサ・テンは「10億人が拍手を送る人」と呼ばれた。今でもカラオケで最も歌われるのはテレサ・テンの歌であり、今に至っても、テレサ信者は減るどころか増えているとされる。特別展の「永遠」というタイトルが誇張ではないと思えるほどの、テレサ・テン人気の源について考えてみたい。

軍との極めて深い関係

テレサ・テンのユニークなところは、活躍した主な舞台である台湾、中国、日本、香港で異なる愛され方をしていることだ。

生まれ故郷の台湾でテレサ・テンは「愛国歌手」という側面を色濃く持っていた。習近平の妻が人民解放軍の美人歌手であったことが話題になっているが、テレサ・テンも軍と極めて関係が深く、台湾では「永遠的軍中情人(永遠の軍人の恋人)」と呼ばれる。

1946年に生まれたテレサ・テンの本名は鄧麗筠という。「筠」という字は「yun」と発音するが、あまり使われない文字なので「jun」と読み間違えられることが多く、そのまま「jun」の発音の「君」を芸名で使った。台湾北部の新北市の小高い山の上にあるテレサ・テンの墓地が「筠園」と呼ばれるのはそのためである。

父親は、孫文が1924年に設立した士官養成学校「黄埔軍官学校」の14期生の軍人で、蒋介石と共に台湾に渡った。育ったのは台湾の屛東という南部の田舎町にある軍人住宅。5人兄弟で、3人の兄、1人の弟がいたが、2人の兄も軍人となっている。テレサ・テンはいくら忙しくても、軍からの慰問の要請にはできる限り応えたという。1981年の金門駐留の兵士たちへの慰問では、若い少尉のほおにキスをした写真が伝説的一枚となり、今回の特別展ではこの少尉が姿を現し、大きな話題となった。

軍に近かったためテレサ・テンを国民党の特務だと指摘する意見もあったが、現在ではその可能性はほとんど否定されている。反共宣伝に利用されたのは事実だが、彼女自身も家族の影響で愛国的な考えの持ち主でもあり、同時に、当時の政治情勢下で歌手として活躍するには多かれ少なかれ政治との付き合いが不可欠だった。

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