プレイボーイと称される彼らが持つ本質

カッコイイお金持ちがいた時代があった

赤坂にオープンした日本初のディスコ、MUGEN。当時は生バンドの演奏もあった

お金持ちが今ほどたくさんいなかった時代は、品のあるお金持ちもいたのである。今も品のあるお金持ちがいないとはいわないが、ハッキリいって少数だろう。ましてや、スタイルがあって、洗練されたマナーがあって、ファッションだけでなく、レストランでの会話の中身もオシャレなプレイボーイなど、絶滅危惧種に近いかもしれない。伝説のアパレルカンパニー、アルファ・キュービックを立ち上げ、時代をさっそうと駆け抜けた男、柴田良三に、作家・甘糟りり子がインタビュー、1960年代のおカネもスタイルもあった男たちの話を訊いた。

六本木、ナインティ・シクスティーズ

当記事は「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)の提供記事です

あの頃の六本木には、まだ高層のビルディングがなかった。「キャンティ」の2階からは、遠く青山通り(国道246号線)までもが見渡せたと柴田良三さんはいう。同店は、日本ではじめての本格的なイタリアン・レストランで、当時の最先端な人種の溜まり場だった。キャンティの前には都電が走っていたそうだ。1964年生まれの私でさえ、その光景がなかなか想像できない。

「飯倉へ下っていく坂道はカーブしているでしょう。あそこで都電のレールにクルマが乗っかっちゃうと、滑るんです。いま思うと、とんでもなく危なかったなあ」

かつて、私が慣れ親しんだ1980年代末頃の六本木は、個性豊かなディスコが点在し、その前後に行くバーも多々あり、少し奥まったところに入り込めば、静かに(またはにぎやかに)食事を楽しめる店にも困らない、そういう街だった。バブルと呼ばれた時代である。今のようにうらぶれた場所になるとは、誰も思っていなかった。

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