同じ町の人たちが、同じ町で犠牲になられた方々のご遺体をきれいにして、検視して、家族の元に返そうとしていた。彼らだって同じ被災者。水もなければ食べ物もなかったのに、それを行っていたというのは、日本人の良心だと思いますよ。それを世界に伝えたいし、多くの日本人にも見てもらいたいと思いました。そんなにひどい国ではないですよ、日本はね。システムが壊れちゃっただけで。
―一方、映画を作るということはおカネがかかることだと思います。たとえば今回ですと、西田敏行さんや佐藤浩市さん、志田未来さんなど、そうそうたるキャストが出演しています。そういった題材と興行とのバランスは考えられたのでしょうか?
今回、そういうことはほとんど考えていません。これがたとえ西田さんに断られて、無名の人にお願いしたとしても、それでも作るべきものだと思いましたから。ただ、僕は今まで、観客のことを絶対に忘れないでものを作ってきました。それは僕の中で消そうと思っても消せないことです。
意識をしてはいませんでしたが、やはり見てもらう以上は、窮屈な映画、退屈な映画を作るわけにはいかないという気持ちはあったのかもしれません。きちんと描けば3時間半以上になる題材ですしね。そういう僕がもともと培ってきたことや、僕が正しいと思ってやってきたことが無意識に出ていたということはあるかもしれません。
確かに今回の映画のキャスティングに関しては、プロデューサーに頑張っていただいた。キャストの皆さんには、僕がどうしてこの映画を今撮らなければいけないのかといった思いを、まず伝えました。僕と思いが一緒である人に出演してほしかったですから。最初から有名な人を集めようという思いはなかったですね。
届いた被災地からの声
――本作を撮るにあたり、監督も被災地に行ったそうですがそこで何を感じたのでしょうか。
被災地では、とにかく関係者とご遺族の方にできるかぎり会いました。「今、映画を作る企画を立てているんですが、それに対してどう思いますか? 嫌だったら嫌だと言ってください。そうしたらやめますから」と。皆さんの気持ちだけをずっと聞き続け、それ以外はほとんど何もしていません。どう考えてもこの原作を映像化するためには当然、画面の中には、ご遺族の方もご遺体も映るわけです。だからこそかかわった人たちが嫌だと、遺体を映してカネを取るのかと言われるなら、僕はやめるつもりでした。
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