トルコ政変の裏には建国以来の対立があった クーデター未遂への報復で溝さらに深く

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欧州でこれほどまでにトップダウンの文化改革を経験した国は少ない。欧州諸国の多くは、民衆への啓蒙活動を続けたことで草の根から醸成された民主主義国家である。しかしトルコやイラン、イラク、エジプトやチュニジア、シリアといった国々では、そのようにして民衆が政治の主導権を握ったことはない。

公正発展党が2002年以来、選挙で勝利し続けたのは、そうした抑圧への反動だったのかもしれない。ケマル主義体制が徐々に影響力を減らし、他政党の活動も許容されたことで、抑圧されていた保守勢力が影響力を増していったのだ。

同時にトルコ経済の近代化により、新タイプのブルジョアジーが現れるようになった。彼らは元来の宗教的価値観を信奉しており、ケマル主義者を軍部、官僚、法曹界などの利権に群がる抑圧者と見なしていた。公正発展党の支持層の多くはこうしたブルジョアジーであり、同党の選挙での勝利、政権奪取が実現したのは彼らのおかげといえる。

権威主義がさらに強まる恐れ

トルコではクーデターが過去60年間ですでに3度起こったが、今回のクーデターはトルコが抱える世俗主義対民主主義という対立構造をあらためて浮き彫りにしたのである。

とはいえエルドアン大統領の外交政策は失敗続きだった。彼は当初「近隣諸国との紛争をゼロにする」との公約を掲げたが、実際には関係を悪化させた。そのうえシリア内戦が波及し国内でもテロが頻発するなど、政情は不安定化している。

それでもクーデター未遂事件後、国民はエルドアン大統領を支持し、欧米も彼を支持している。欧州諸国としては移民、難民の流入を防ぐため、米国としてはイスラム国との戦闘を有利に運ぶため、トルコの安定は不可欠な要素なのだ。

今回の事件に関与したとされるイスラム教指導者ギュレン氏の仲間たちへの粛清など、エルドアン大統領の徹底した対応は、トルコ社会に横たわる溝を今後さらに深めるだろう。クーデター未遂がエルドアン政権による民主主義の抑圧を招き、今後も言論の自由などが制限されかねない。そうなると権威主義への反動がさらなる権威主義を招くという歴史が繰り返されてしまう。

週刊東洋経済8月6日号

シュロモ・アヴィネリ ヘブライ大学(エルサレム)政治学教授

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イスラエル科学・人文アカデミーメンバー。近著に『Theodor Herzl and the Foundation of the Jewish State』

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