原田泳幸の懐刀は希代のマックバカ

OB・藤本孝博に聞く(上)

とにかく、異常に忙しかったことだけは覚えています。僕だけじゃなく、マネージャー全員が1カ月で1回ぐらいしか休んでいませんでした。けど楽しかった。倒れないように一本3000円の栄養ドリンクでなんとかしのぎました。それで単月で1000万円近い利益が出たんですよ。サテライト店でここまで売って稼いだ店舗はないと思います。だから僕はこの店舗のことを「1坪当たりの日本一」と触れ回っていたんです。

「日本一」から「世界一」の店舗へ

でもある日、日本マクドナルドの創業者、藤田田(ふじた・でん)さんの前でプレゼンをしたことがありました。その時、「藤本君それはおかしいやろ」と藤田さんが言うんです。創業者の彼にそう言われたら引くでしょ。本部部長とか偉い人もざわめいていました。

そしたら藤田さん、本社の本部長に「すぐ調べろ」と言うんです。大人げないことを言うなぁと見ていたら「それは、日本一じゃなくて世界一のはずや」と言うんです。その後、日本のマックの創業者から直々に「よく頑張ってくれた」と言われたのをいまでもよく覚えています。

あまり知られていないが、マクドナルドの役職構造は複雑だ。
マクドナルドの職層は店舗業務を行う、セカンドアシスタントに始まり、ファーストアシスタント、店長と上がっていく。人にもよるが、入社してから3~10年かかる。その後、約6店舗を統括するオペレーションコンサルタント(OC)があり、これは同業他社のスーパーバイザーに当たる。さらにOCを統括するオペレーションマネージャー(OM)が統括する。基本的にOCは直営店を担当するが、フランチャイズ店を担当する役職をビジネスコンサルタント(BC)という。
OMより上には九州や四国などエリアを担当する営業部長がおり、そのうえに営業本部長が存在する。現在はその名称はゼネラルマネージャーやディストリクトマネージャーといったように名称は変わっているが、基本的な階層構造は大きく変わっていない。

現・バーガーキング社長、藤河氏の部下だった時代

――その後のキャリアはどのようなものですか?

京都でOCになって、大阪のミナミにOCで帰ってきました。そこは完全に僕のホームタウンでした。当時はOCからその上の役職であるOMになるには、BCというフランチャイズのコンサルタントか、ハンバーガー大学のプロフェッサー、マーケティングか人事部にいかないとOMになれないというパターンが続いていました。僕はずっとOCしかやってこなかった。

その後は担当店舗が増えていく一方でしたね。現在、バーガーキングジャパンの社長をしている藤河芳一さんが上司だったときに、「藤本、2エリアくらい見られへんか」と言うから「楽勝ですやん」と答えました。そうしたら1人で6店舗担当していたのを一気に12店舗ぐらいにまで増やされました。また藤河さんが来て「まだ余裕あんな、もうひとエリアくらいいけるか」と言ってさらに6店舗増やされました。

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