「1秒差で勝てない」選手はなぜ開花したのか 日本選手権“4年連続2位"から今年は2冠

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スポーツの世界では1位と2位の差は大きい。その反面、両者の実力差はほとんどない場合が多い。厳しい戦いになるときこそ、メンタル的に「余裕」を持って臨むべきだ。焦って、勝負を仕掛けるのではなく、勝率が高くなるところで、最大限のパフォーマンスを発揮する。そういう戦いを心掛けることが、賢者の選択と言えるだろう。

レースのイメージ化(準備)、ライバルの動きを見る余裕(情報収集)、自己能力の最大発揮(客観的な自己評価と勝負どころの選択)。事前の準備を含めて、つねに“余裕度”を高めておくことが勝負の世界では大切になってくる。それはビジネスでも同じではないだろうか。

強くなるために何をするべきか

日本選手権でようやくチャンピオンに輝いた大迫だが、その道のりは日本長距離界のなかで「レアケース」と言ってもいいだろう。

早稲田大1・2年時の箱根駅伝では1区で区間賞を獲得。一躍、ヒーローになった大迫だが、箱根にはまったく興味を示さなかった。それよりも、「速くなりたい」という気持ちがとにかく強かった。そして日本にいたのでは野望を達成できないと、思い切った“行動”をとる。大学3年の箱根駅伝が終わった後、米国オレゴン州にあるナイキ本社を拠点にする「オレゴンプロジェクト」を訪れたのだ。

ナイキ・オレゴンプロジェクトは世界大会でケニア、エチオピアらアフリカ勢と対等に戦えるアメリカ人選手の育成を目的に設立した長距離チーム。ニューヨークシティマラソン3連覇の実績を誇るアルベルト・サラザールをヘッドコーチに迎えて2001年にスタートした特殊プロジェクトだ。

ロンドン五輪で長距離2冠に輝いたモハメド・ファラー(英国)、1万m26分台の記録を持つゲーレン・ラップ(米国)ら世界トップクラスの選手たちが所属。最先端の練習スタイルで、世界の長距離界を席巻している。そのトレーニングを目の当たりにした大迫はすごく驚き、同時に、「ここで練習したい」と本気で思うようになった。

大学4年時の12月にはチームを離れ、渡米。ほかの選手が箱根駅伝を想定した20km仕様の練習に励むなか、トラックを意識したスピード練習をこなした。その“結果”が箱根駅伝の1区で区間5位というものだった。

大学卒業後は、日清食品グループに所属しながら、米国に練習拠点を移して、世界最高峰のトレーニングを積んだ。入社1年目のニューイヤー駅伝1区で区間賞を獲得すると、大迫は日清食品グループを退社。昨年4月から「プロランナー」としてのキャリアをスタートさせた。給料はもちろん、活動費を負担してもらえる実業団選手と異なり、安定を捨てて、強くなるための道を突き進んだ。

ここで思い出したのが1年前に大迫が語った、「2~3年後は自分が先に行っているという気持ちで練習をしています」という言葉だ。

昨年、男子1万mは村山紘が27分29秒69の日本記録を樹立したが、大迫はコーチのサラザールから「27分20秒を切る力はある」と評価されている。大迫自身も「練習内容からして、チームメイトとそこまで大きな差はありません。きついメニューでもつけることがあります。ただ、日本選手権で結果を残すことができず、ずっとクエスチョンマークではあったんですけど、やってきたことの成果が出た。リオ五輪では5000mでまずは決勝進出、1万mは入賞を目指したい」と話した。

日本人の感覚では、ちょっと想像しがたかった「5000m12分台と1万m26分台」という領域も大迫には見えているのかもしれない。すでに数々の壁を突破してきた大迫が、どこまで世界の“トップ”に近づくことができるのか。リオ五輪での快走が楽しみでならない。

酒井 政人 スポーツライター

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さかい まさと / Masato Sakai

東農大1年時に箱根駅伝10区出場。現在はスポーツライターとして陸上競技・ランニングを中心に執筆中。有限責任事業組合ゴールデンシューズの代表、ランニングクラブ〈Love Run Girls〉のGMも務めている。著書に『箱根駅伝 襷をつなぐドラマ』 (oneテーマ21) がある。

 

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