グローバルエリートからの講評
最強から最高へとは木谷氏もうまく言ったものである。そしてアート性の追求はサービス業、製造業問わず共通するテーマで、機能での競争が一段落すると、どのビジネスでも顧客に感動を与えるアート創出能力が企業競争力を左右する。
木谷氏が新日本プロレスのオーナーとして面白いのは、プロレスという事業をより広い視点から再定義しているところだ。
狭義にはプロレス業界であり、その周辺に格闘技業界があるわけだが、一段高い視点からプロレスをファイティング・エンターテインメントコンテンツ業界と位置づけ、そこにアートの世界を融合させようとしている。企業戦略とは言うは易し、行うは難しなので今後の戦略実行を見届けたいと思うが、木谷氏のプロレス業界に対するビジョンは現場上がりの経営陣や過去のプロレスの延長線上ではなかなか出てこない。
今でもプロレスというと、(ファンの方は私も含め決してそうは思っていないが)うちのけしからん姉を含め一般的には“大の大人が殴り合ってる野蛮なショー”と見ている人も残念ながら多い。この世間一般の認識を、プロレスはファイティング・エンターテインメントで感動を与えるアートだ、という世界に昇華させることができるかどうか、今後の新日本プロレスの戦略遂行に注目したい。この認識の転換が実現した時に初めて、夕食の時間に家族で食卓を囲みながらチャンネル争いが起こっても“みんなでプロレス見るか”となる日が訪れるのである。
かつてアブドーラ・ザ・ブッチャーがファンクスをフォークでめった刺しにして血が飛び散っていた時代は、お茶の間で食卓を囲んで家族で見るコンテンツとは到底言い難いものがあった。当時はそんなプロレス自体への需要が大きかったからそれでも成立しえたが、市場が変わる中、プロレスの再定義が求められている。
今後、新日本プロレスが“感動を与えるアート”という大きなリング上で競争するとなると、競合相手は良質の映画かもしれないし、サッカーワールドカップかもしれないし、宝塚かもしれないし、メジャーリーグの野球かもしれない。共通するのは、感動を与えるパフォーマンスは厳選されたタレントによる厳しい競争の過程を経て実現されるということであり、その意味でプロレス業界最大の企業(あえて団体とは呼ばない)が、時流に応じた質の高いコンテンツを生み出すために、レスラーや所属社員の健全な新陳代謝をどうマネジメントしていくのかが、戦略の成否を分ける肝となるだろう。
プロレスは熱狂的なコアファンがいるだけに、時に内向き志向になり業界内部でなれ合いになってしまう。耳に心地のいい、プロレス関係なら何でも愛してくれるコアファンの声援に甘えることなく、(仮に成長を目指すなら)社会に広く認知度と評価を高めるためにはどうしたらよいか――わかってくれるファンだけわかってくれればいい、という居心地よい鎖国政策から、プロレスを社会に開放する時が来ているのである。
インタビュー最終回の次回では今後プロレス業界がどの業界をライバルとして戦っていくのか、そしてプロレスが顧客に与えられるサービスの本質は何なのかを探ることで、1週間にわたって続いた本プロレス特集のメインイベントとさせていただきたい。
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