カルビー、たった1人で30億円を稼ぐ男 「ベジップス」を売るため、開発屋は“進化”した

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柚木は開発畑出身で、商品の生みの親。「マーケティングの人が商談をするのとはちょっと違って、私は+αで商談ができるんですね。たとえば、玉ねぎはこういうふうに栽培をしていますよとか。そういうことが、けっこう効いたかなと思いますね」。

突如始まった、ドラマのような快進撃

柚木の奮闘が実を結び、10年3月に開始した近畿エリアでのテスト販売は好調に売り上げを伸ばし、10月に近畿の全エリアで販売が始まる見通しとなった。

そのとき、ベジップスに強力な追い風が吹く。10月24日に放送されたテレビ番組「シルシルミシル」でタレントのマツコ・デラックスが、ベジップスの玉ねぎを絶賛。初めて欠品をするほどの大ブレークを起こしたのだ。

その後も快進撃は続く。11年2月末に中部エリアに販売エリアを拡大した際にも、3月5日のテレビ番組「お願い!ランキング」で、40点満点の1位でベジップスが優勝。その瞬間、受発注が8倍にも膨らみ、2日で5万ケース全部がなくなってしまう大欠品騒ぎとなった。

10年は2億円だった売上高は、翌年には12億9000万円に。柚木は約束どおり、1年で結果を出すことに成功する。

しかし、中部エリアで2回目の大欠品をしている真っ最中に、3月11日の東日本大震災が発生。宇都宮のR&DDEセンターが被災し、ベジップスのラインが完全に壊れてしまうという大変な事態になる。

「当時ベジップスがすごく売れていて、流通さんとお客さんから復活してほしいという声がものすごくあった。全社一丸となって、宇都宮はベジップスだけでもとりあえず再開させようと、急ピッチで復旧作業を進めました。そのおかげで、ベジップスだけは5月に再開させることができました。ベジップスにはドラマがあるんですよ」

中部と近畿エリアで結果を出していたベジップスに、経営側もゴーサインを出し、設備投資の予算も通るようになる。約20億円を投入して滋賀県の湖南工場、茨城県の下妻工場にベジップスの新規ラインを作り、売り上げにして50億円分の供給体制が整ったことで、12年10月、悲願の全国発売に至った。

「いま思えば、どうなるかわからない商品を(会社が)任せてくれたことに、感謝しています。ずっとやっていて結果が出なくても、周りが耐えてくれたっていうのはやっぱり大きい」

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