ある社員は地域専門家時代にインドで無料のテコンドー教室を開いた。テコンドー教室はまたたく間に人気となり、多くの生徒たちが集まった。テコンドーはインドの上流階級に人気があったため、生徒の親の中には大企業の役員や映画スターが多くいたという。テコンドー教室で関係を築いたこの社員がその後、この人脈を最大限に活用して大型契約を次々と成功させたことは、想像に難くないだろう。
またある社員はインドの巨大なスラム地域に住み込み、現地の人々のニーズを探った。スラムの住民の楽しみはテレビでのスポーツ観戦だったが、途中で列車や大型車両が通ると騒音で音声が聞こえなくなるのが住民たちの大きな不満だった。そこでその社員は、テレビのリモコンに「音量最大化ボタン」を搭載するというアイデアを思いつく。ボタンを押している間だけ音量が最大になるというシンプルな機能だったが、「サムスンはスラムの住民たちの生活をわかってくれている!」と評判を呼んでバカ売れしたという。
このように、社員を現地社会に深く入り込ませ、現地の人々と同じ目線でニーズを探る姿勢こそが、サムスンが今、新興国の市場で圧倒的な支持を受けている要因ではないだろうか。
IBMが本気で取り組む“IBM版青年海外協力隊”
サムスンの人材育成手法に感銘を受けていたところに、「サムスンの地域専門家制度を超える新しい取り組みをIBMが始めて、注目が集まっている」という話を耳にした。僕は早速、その制度を利用したというIBM社員の方に面談を申し込んだ。
同社が始めたのは、「IBM版青年海外協力隊」とも呼ばれるCorporate Service Corps(CSC)という取り組みだ。国籍も事業部も異なる10人程度のIBM社員をグル-プで新興国へ1ヵ月間派遣し、現地社会の課題を自社の持つICT技術を活用して解決するというもの。主な派遣先は、IBMが今後のビジネスで戦略的に重要視しているアフリカ諸国や中南米の国々だ。
このプログラムに派遣された社員は、現地のNPOや行政機関に入り込み、さまざまな社会課題の解決に取り組む。例えばある社員はブラジルの商工会議所でデータベースの構築にあたり、ある社員は、女性の権利を守る活動をするインドのNPOでホームページを作成。またある社員は、ナイジェリアの片田舎にある診療所で、カルテを電子化するためのプロジェクトに従事した。
社会貢献色が強いように見えるかもしれないが、IBMは本業の片手間ではなく、本業の一貫として本気で取り組んでいる。CSCは2008年にCEO直下のプロジェクトとして大規模に開始され、初年度から100人の社員を派遣。その後も規模はさらに拡大し、5年間で1500人以上の社員が派遣されているというから驚きだ。
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