選挙で有権者が与党に投票する確率は、景気がよければ高くなるが、景気が悪ければ低くなる。そうした政治経済学の学術研究が、多く出ている。そしてまた、日本の衆院選は、好況期に実施される場合が多いことも知られている。これに着目すれば、「アベノミクス」が奏功して景気がよくなる(あるいはよくなりつつある)と認識できれば、衆議院を解散して選挙に打って出る。
ただし、景気変動は、政府与党の経済政策で動かされる部分もあるが、経済政策ではいかんともしがたい部分もある。経済政策を講じても運悪く景気がよくならないこともあれば、経済政策は功を奏していないが運よく景気がよくなることもある。
有権者に、景気変動の主因が何か(経済政策か外部要因か)を見分けられれば、選挙時に経済政策の成否を争点に、与党に投票するか野党に投票するかを選べる。しかし、景況の認識はできるが景気変動の主因までは見極められないとなれば、結局景気の良し悪しだけが投票の判断基準となる。
棄権の意味は多数派への無条件委任
そう考えれば、参院選後の「アベノミクス」は、次の衆院選を意識した展開になると、長期的に見て効果が上がる政策よりも短期的に即効性のある政策を優先する姿勢が鮮明になるだろう(果たして、これが日本経済の将来にとって望ましいか否かはわからないが)。願わくば、短期的に即効性がありかつ長期的にも日本経済にとって望ましい経済政策を講じてもらいたいものだ。
話を参院選に戻そう。参院選の争点があいまいだったり、選挙結果が事前に鮮明に予想できたりすると、棄権する有権者が多くなることが予想される。そして、その棄権を政治不信の現れと捉える向きがある。もし棄権が政治不信の表明であれば、政党・候補者の公約が有権者の望むものとかけ離れ過ぎていて投票しただけに見合う便益が受けられないと感じる有権者が多いと解釈できる。
そうであれば、民主主義国家の政策決定として本来予想される事態は、これまでの政治に対する有権者の不満を吸収して何らかの新しい政治の変化が生じ、政治不信を解消する新しい政党や政治家が登場するはずである。しかし、実際には、過去の棄権によってそうした政治環境の変化が生じているわけではない。
したがって、棄権は政治不信を必ずしも意味しない。むしろ、棄権は結果的に多数派への無条件委任を意味する。有権者が合理的に棄権する理由は、有権者にとってどの政党・候補者も大差ないと認識される場合や、あるいは自分の好みが有権者の大多数の好みと一致しており、あえて自分が投票する必要を感じない場合などが考えられる。つまり、棄権する有権者は投票した有権者によって決められた投票結果をそのまま受け入れてもよいから、棄権すると考えられる。
棄権を問題視ばかりするのではなく、背景を深く考えることが重要だ。
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