一方でフィルムの延命を図る試みがあった。96年4月に発売した銀塩フィルム最後の規格APS(アドバンスト・フォト・システム)だ。この規格はコダックが日本のニコン、キヤノン、ミノルタ、富士フイルムを巻き込み5社で推し進めた新規格。フィルムの幅を35ミリから24ミリへと小型化し、それまでむき出しになっていたフィルムの先端もカセットの中に収めた。
規格にはデジタルの要素も取り込まれており、磁気層には撮影条件を記録することができた。そのデータを読み取れば、現像時にラボを最適に調整できる、とうたっていた。カメラによっては磁気層に音声を記録することもできた。現像から戻ってきたフィルムカセットからパソコンに画像を取り込む装置も各社から発売されていた。いわばアナログとデジタルのハイブリッドだった。
APSが登場した当時、フィルム写真はまだ絶頂期。フィルムの着脱が簡単にできるAPSがファン層を広げる役割を果たしたのは事実だ。しかし、それでも大きな流れはすでに決まっていた。96年4月に、「発売前から役割を終えている希有な規格」「デジタル化への橋渡しをしようとしたがデジタル化のスピードがあまりにも速く、橋は不要になってしまった」といった記事を書いたところ、日本コダックから激しい抗議を受けたことを思い出す。
自らの強みでもあるフィルム、印画紙のビジネスを守るためには、コダックにとって、正しい戦略だったのかもしれない。が、デジタル化の波はあっという間にAPSを消し去ってしまった。そしてコダックは事業縮小を止められず、今年1月には米連邦破産法第11条(チャプター・イレブン)を申請している。
業界や自社の論理は通じない
市場の変わり目で古いものにしがみつくと、あっという間にポジションを失っていく。写真業界だけではなく、同じようなことを取材現場で何度も見てきた。そのうち2002年初頭にソニーを取材したときの経験を2つほど振り返ってみる。
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