ソフトバンクの2000年代以降の躍進を支えたキーパーソンである笠井和彦取締役が10月21日、肺カルチノイドで死去した。享年76歳。
「おー。久し振りだね。がんばっているかね」--昨年11月、4~5年ぶりに取材をした笠井氏は、こう記者に笑いかけ、こちらの不躾な質問に対し、いつもどおり真摯に応えてくれたことを、昨日のことのように思い出した。結局、それが最後のインタビューになってしまった。
過去10年ほど、ソフトバンクの節目、節目の取材でお世話になった。取材を通じての付き合いだけだったが、笠井氏はソフトバンクにあって要(かなめ)ともいえるような人物だったと思う。普段は黒子のように控えているものの、ホークス買収、大型買収時の為替予約、自然エネルギー事業の落としどころを探る時など、重要な場面で存在感をみせた。笠井氏のおかげで、孫正義社長はいろいろと助けられたはずだ。
ディーリングのプロ
2000年6月、ソフトバンクの番頭役を務めていた北尾吉孝氏(現・SBIグループ社長)が、自身の後任として招聘したのが安田信託銀行(現在のみずほ信託銀行)会長を退任予定だった笠井氏だ。
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