「左遷された!」その8割は、単なる勘違いだ 人は自分の能力を「3割」過大に評価する

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日本独特の雇用システムもまた、「左遷された」という誤解を生んでいる。日本は、欧米と異なり新卒一括採用が中心である。会社は社員を同じスタートラインに並べて、感情的な一体感を求める。社員は、同期よりも遅れたくないという競争意識が強い。同時に、長期雇用、年功制賃金などの特徴も内部競争を誘発しがちである。

定期異動があるのは、一人ひとりの社員と個別の仕事との結びつきが弱いからである。同時に対象の社員が取り替え可能な人材であり、同等な能力があるということを一応の前提にしている。

欧米では、多くの社員を一度に動かす定期異動は存在しない。個別の仕事が個々の社員と結びついていて、いわゆる「同一労働、同一賃金の原則」がはっきりしている。転勤になると給与も労働条件も変わるので、簡単に人事異動は行えない。逆に、仕事に対する賃金の世間相場が形成されているので、転職が容易なのである。それに比べると、日本の場合は、転職市場が未整備なので会社にしがみつきがちになる。

おまけに社員の多くが、「現場→管理職→トップ」といった組織の階層を上位に向けて駆け上がろうとする。上位職になればなるほどポストの数も減少するので、中高年社員の誰もが、ひとつや2つ、自分の「左遷物語」を語ってくれる。極端にいえば、ほぼ全員が何らかの意味で「左遷」を経験すると言えるかもしれない。

左遷は強者の論理?

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組織で働くビジネスパーソンに幅広くヒアリングしていくと、「左遷」は役職や地位を下げられて被害者的に語ることだけにとどまらないことがわかる。左遷のメカニズムには、「強者の論理」が含まれている。

たとえば、親会社から左遷されたと思い込んで子会社に出向してきたある50代の男性社員は、1年経っても一向に仕事に身が入らない。自分から進んで動こうとせず、2言目には「前の会社では」とのたまう。

本人は不満をもっているかもしれない。しかし異動先の会社や部署でも、多くの人がキャリアを積み重ねている。彼らの心情を顧みず、不満をかこつだけでは何ら変化は生じない。勘違いから脱却して左遷を転機にするには、自らの出世や利益を中心に考えるのではなく、一緒に働く仲間や家族などに視点を移すことが求められている。個々人に左遷の取材をしていると、この点がたいへん重要であることに気づかされた。

楠木 新 人事コンサルタント

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くすのき あらた / Arata Kusunoki

1954年神戸市生まれ。1979年京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長等を経験。47歳のときにうつ状態になり休職と復職を繰り返したことを契機に、50歳から勤務と並行して「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。2015年に定年退職した後も精力的に活動を続けている。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務めた。現在、楠木ライフ&キャリア研究所代表。著書に、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『定年後』『定年準備』『転身力』(共に中公新書)など多数。

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