大学の反省 猪木武徳著 ~冷静な事実認識に基づき問題の本質をえぐり出す

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大学の反省 猪木武徳著 ~冷静な事実認識に基づき問題の本質をえぐり出す

評者 法政大学学事顧問 清成忠男

 18歳人口の減少にもかかわらず、大学数が増加するとともにレベルも多様化している。大学・短大進学率も2008年度には55・3%に達し、大学間競争が激化し、私立大学では入学定員割れ校と赤字校が増加している。高等教育政策も「事前規制から事後チェックへ」と転換し、大学は市場経済の中で法人間競争にさらされている。大学は、かつて経験しなかった諸問題に直面している。

本書は、経済学者として冷静な事実認識に基づき、大学問題の本質をえぐり出している。カバーする範囲は、教育・研究から政策や大学運営に至るまで、きわめて幅が広い。現代の大学問題は、大学界にとっては「外圧」に起因しているように思えるが、大学側に責任がないとはいえない。著者は大学人としての「反省」をこめて、問題解決のために核心をついた三つの提言を行っている。(1)教養教育の復活、(2)高等教育への公財政支出の増加、(3)教員という職務の見直し、である。

大学はなによりもまず教育機関である。評者はとくに(1)と(3)を重視する。さまざまな知識を位置づけ体系化するための総合力、自己の社会的責任の認識などの基礎にあるのは教養である。また、教育の質的向上は教員の教育力に依存している。

高等教育への公財政支出は、学生一人当たりの支出額で見ると、国立大学は先進国の下位にあるが、格段に劣るわけではない。問題は私学助成の低水準にある。

本書は、大学問題の本質理解を志す多くの人々に一読をお薦めしたい。ただ、いくつか著者の見解をうかがいたい。

第一は、国立大学の存在意義である。この点について文部科学省も国立大学も説明責任を果たしていない。

第二に、良質の私立大学はわが国では成り立ちうるのか。寄付の文化の存在する米国では、寄付金が基本財産として蓄積され、それが教育・研究や奨学金を支えている。

第三に、大学の類型と役割分担、ひいては大学の全体像をどのように考えればよいか。

第四に、競争的研究資金配分のうえでポジティブ・フィードバック現象が生じている。強者に資金が集中し格差が拡大している。放置すれば全体構造が不健全になる。

第五に、教育の質保証である。参入規制の緩和によりいったん教育の質低下が生ずると、事後チェックで質を保証することは困難になる。

今日の大学は、個々の大学人には抗し難い条件の下で変化しつつある。特に経営体としての大学法人はどこに向かうのか。大学人は傍観すべきではない。

いのき・たけのり
国際日本文化研究センター所長。専門は労働経済学、経済思想、現代日本経済史。1945年生まれ。京都大学経済学部卒業、米国マサチューセッツ工科大学大学院博士課程修了。大阪大学経済学部教授などを経る。主な著書に『経済思想』『自由と秩序』など。

NTT出版 2415円 316ページ

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