日本人はビジネスでの「音」の力を知らない 「音の参謀」が明かす耳から顧客を掴む方法
GAP以外にも、音を効果的に用いてブランドの差別化を図ろうとする店はある。特にショッピングモールに軒を連ねる店はたいていそうだ。ブルックスブラザーズからはオーケストラの演奏が、ホット・トピックからはメロディックメタルや刺激的なダブステップ[訳注:2000年代前半にイギリス、ロンドンで誕生したエレクトロニック・ダンス・ミュージックの一種]が聞こえてくるかもしれない。
こうした曲を耳にしたとき、あなたなら、この2つの店の顧客についてどんなストーリーが思い浮かぶだろうか? 淡い褐色のズボンをはいているとか男性用アイライナーをつけているといった外見だけでなく、彼らの職業、性格、大切にしているもの、ライフスタイルなどがイメージできるだろうか? ブルックスブラザーズやホット・トピックが差別化を図る上で、店内の音楽がどのように役立っているか具体的にイメージできるだろうか?
音が感情を揺さぶる──ブームモーメント
さてここからが難しい問題だ。こうした店から聞こえる音や音楽を聞いて何かを感じるだろうか? 何か感情が湧く──。これがまさに、私が言うブームモーメントの肝(きも)である。
音を聞いたことがきっかけで感情が動き、脳内ではさまざまな反応が起きる。その範囲は、聴覚からの刺激をつかさどる部分だけでなく、記憶、恐れ、喜び、さらには視覚認知や身体的感覚、運動をつかさどる部分にまで及ぶ。
このブームモーメントを理解するのに、神経科学や心理学などの難しい知識は不要だ。fMRIの画像も必要ない。音を聞いたときにふいに昔のことを思い出したり、幸せ、悲しみ、恐れなどを感じたら、それがあなたのブームモーメントだ。人によっては、音を聞いた瞬間に誰かや何かを思い出すかもしれない。その音が奏でるストーリーの中に自分自身の姿を発見するかもしれない。
ブームモーメントを経験すると、ふだんなにげなく見ていた景色や場所、モノが自分にとって価値のあるものに思えてくる。実はこうしたことはすべて音のなせる業なのだ。今度携帯ゲームやCM、映画のワンシーンに感動したときに、もしも音がなかったら同じような感動を覚えたかどうか想像してみてほしい。『ジョーズ』、『オーシャンズ11』、ジェームズ・ボンドの『007』の映画を音声なしで観ると、どんな感じがするだろう? まったく違った印象を受けるに違いない。ブームモーメントが人々にどのように作用するかがわかれば、音をツールとみなすことができるようになる。ハリウッド映画は何十年も前からそうしてきたのだ。