介護の世界から返り咲いた鬼才プロゲーマー

新世代リーダー プロゲーマー ウメハラダイゴ

介護での仕事は今もウメハラにとって忘れられない経験となっている。特に配属されたのが、もっとも重篤な患者を介護する現場だった。そこで壮絶な介護の現場を目の当たりにする。5分前に食べたものを覚えていない、歩くことも走ることもできない患者たち。日常的な動作ができなくなる日が、自分にも必ずやってくる。後悔しないために、「やるか、やらないか」で迷ったら、必ず「やる」を必ず選ぶ。それがウメハラの行動の指針になっていく。

ある日、介護の仕事からの帰り道、ふとした拍子に友人に誘われてゲームセンターに入る。当時、稼働したばかりの「ストリートファイター4」があった。「もう半端な気持ちでゲームはやらない」と決めていたが、友人の勧めもあり、やってみたところ、強豪プレーヤーが多いといわれる新宿のゲームセンターであっさりと10人抜きを果たす。

ゲーム界に再び舞い戻る!

「おっ、まだやれるじゃん」。長いブランクがあったものの、自分の体が、ゲームのやり方を覚えていたことに軽い驚きを感じるとともに、かつてライバルたちと覇を競った世界大会よりずっと小さな規模ではあるが、取り巻きの観客の歓声に心地よさを感じたという。

「ウメハラがまたゲームをやっている!」 そんな噂がゲーム業界を駆け巡った。それから再びウメハラは国内大会に出場するようになる。

 

そんな折、世界的ゲーム機器メーカーの米国MadCatz(マッドキャッツ)というところから日本人初のプロゲーマーとして、契約の依頼が舞い込む。1年半の間、介護の現場にいたことからは想像もつかない依頼だった。

突如、舞い込んだプロ契約。「好きなゲームがまたやれる!」。うれしさが先立つ反面、「そもそもプロのゲーマーとして食っていけるなんて聞いたこともない」。迷いもあった。だが、「大好きなゲームのプロになるべきか、それとも趣味でやる程度にするべきか」。そんなとき背中を押したのが、「迷ったらやる」という介護での経験で培ったウメハラのポリシーだった。ウメハラ当時29歳、遠回りの末に、ゲームの世界にまた挑むことを決意した。

再び、勝負の世界に身を投じたウメハラ。プレッシャーがある一方で、「プロとしてやっていくなら俺しかいないだろう」という自信もあった。現在、プロ3年目を迎える。長いゲーム人生を振り返って感じることは「勝つことと勝ち続けることは違う、時には相反することさえある」ことだという。

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