原発避難者特例法の思わぬ落とし穴、「学籍」の移動で子どもたちの絆が断ち切られる
原発事故で全国各地に避難した住民が、避難先の自治体で適切に行政サービスを受けることを目的にした法律が、昨年8月に制定された「原発避難者特例法」(※1)だ。
ところが同法の告示の施行とともに児童生徒の「学籍」(※2)が避難先の小中学校に自動的に移されたことにより、元の学校とのつながりを断ち切られるという予期せぬ事態が発生している。
原発事故前、福島県南相馬市小高区に住んでいた後藤素子さん(47、写真)は現在、新潟市内で高校2年生の長男および中学3年生の二男、中学1年生の三男と避難生活を送っている。今年4月まで南相馬市立福浦小学校でPTA会長を務めていた後藤さんにとって現在大きな課題になっているのが、全国に散り散りになった福浦小の子どもや保護者とのつながりを維持することだ。
福島第一原発から半径20キロメートル圏内にある福浦小は、住民への避難指示とともに閉鎖を余儀なくされ、現在は原発から30キロメートル圏外の鹿島小学校内の仮設校舎で授業が続けられている。ただ、原発事故直前に118人いた児童の大半が福島県外へ避難したことから、現在の在校生は33人に激減している。
後藤さんの子どもは昨年4月から避難先である新潟市内の学校に通うことになった。教育委員会の対応が柔軟で、学籍を元の小学校に置いたままの「仮の受け入れ」を認めてもらえたことが新潟市を避難先に選んだ理由だった。
しかし特例法により事態が急転。今年1月1日から南相馬市など指定13市町村の児童生徒については学籍が自動的に避難先の自治体に移管された。その通知が新潟市から届いたのは直前の12月中旬。何のことかわからない保護者も少なくなかったという。