「べき論」を振りかざす人、押し付けられて苦しい人の両方に知ってほしい、「べき」を使わず意見を述べる言い方・考え方
澤 もちろん話の流れでポロっと出てしまうこともありますよ。でも、「べき」っていう言葉を使うシチュエーションはもう僕にはないんですよ。僕は「〜すべき」ではなくて「〜したほうがいい」と言っています。
平野 私も同じです。
澤 あるいは、「僕ならこうする」とか。
平野 いいですね、それ。
澤 そもそもこれがベターとか、ベストというのも、その時点のものであって、選択肢の1つでしかない。
主語を「私」にしよう
平野 そうですね。あと「〜したほうがいい」の「いい」というのも、観点によって変わるじゃないですか。
澤 そうそう。
平野 だから私は、○○の観点だったらこれがいいね、というようにしています。
澤 僕は、「私はこう思う」という言い方を心がけています。他の人にも、自分を主語にしたら生きるのが楽なんじゃないかなあ、と伝えるようにしています。
平野 主語を「私」にするって大事なことですよね。私は他者をコントロールするという考え方が好きではないのですが、日本はどうあるべきか、日本をどうすべきか、という議論はすごく多いですよね。
澤 ビッグな主語が出てくるんですね(笑)。僕も講演で、「『べき』という言葉は使わず、私はこう思う、と自分の言葉で話したほうがいいですよ」と言うと、みなさんなるほど、とうなずいてくれます。
平野 ええ。
澤 でもその後の質疑応答になると、「すばらしい講演をありがとうございました。私は、日本人はこうあるべきだと考えているんですが……」という質問が飛んでくるんですよね。そんなとき、僕の話は伝わっているのかな? という気持ちになるんです。
平野 そうおっしゃる方の気持ちはわかりますね。「べき」って言うと、なんとなくスマートに聞こえますし。
澤 そう、否定的に使っているわけではなくて、「べき」と言うのが癖になっているんですよね。でも、「べき」という言葉は、簡単に対立軸を生み出しますからね。
自分の思う「べき」と違うとなると、すぐに否定したり、対立になってしまう。わざわざそういうものを作る必要はないだろうといつも思っています。


















