「何も思いつかないからAIに聞く」人が陥る"盲点"――「100を無限にできるAI」ではなく「0から1を生む人間」だからこそできること
言葉で説明できることは何もないのです。私たちが感じたことを言葉で表現するのは、あくまで感じた後です。そしてその時点ではすでに「感じた瞬間」は過ぎ去っており、完全に正確にそれを表現することは不可能なのです。
仮に自分が最初に受けた感覚を覚えていたとしても、言語という有限な記号は、そのすべてをあますところなく表現するにはあまりに不十分です。
AIには言語化できないことを捉える力はありません。それが計算機である以上、あらゆる情報は言語化、つまり最終的には数字に変換される必要があるからです。
「感性」を磨く
しかし人間は言語化以前のもの、感覚を捉えられます。
私たちの五感は、意識するより前に、いわば否応なしに何かを感じることができます。それは身を守るための本能的なものなのでしょう。「何かが見える」「痛い」というように。そして次の瞬間、その意味を分析し始めるのです。「木が揺れただけだ」「何か尖ったものを踏んだのだろう」と。
この「分析」が入った段階で、すでに感性ではなく理屈の段階に入っています。
感性を持たないAIはこの「分析」からしか入れません。人間がAIにその前提を与えることで、分析が始まるわけです。つまり、入口としての人間の感性がとにかく重要なのです。
これなくして本当の意味での問いは存在せず、答えも存在しないのですから。ロジックの時代、AIの時代だからこそ、人間は感性を磨かなければならないのです。
感性を磨くといっても、難しく考える必要はありません。それは目の前の景色や人にもらった言葉、ドラマや映画、そんな身近なものから自然に得られることです。だれしも知らないうちに感性を働かせているはずですよ。
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