「何も思いつかないからAIに聞く」人が陥る"盲点"――「100を無限にできるAI」ではなく「0から1を生む人間」だからこそできること

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

AIの進化はとどまるところを知りません。おそらくこの原稿を書いている時点と、この原稿が世に出る時点ではAIの性能は大きく変わっていることでしょう。

日進月歩という言葉が滑稽に思えてくるくらい、AIは人間の生きる速度をはるかに超えた次元で進化しているのです。

そんなAIの特徴は、インターネット上にある大量の情報を瞬時に分析し、最適解を導き出すという点にあります。しかも、その速度や精度はどんどん上がっています。そうしたことから、間もなく人間の能力を超える存在になるといわれているわけです。

しかし、ここではたと気づくのは、どこまでいってもAIは既存の情報を元に計算をしているにすぎないということです。

AIの本質は計算機なのだから当たり前なのですが、つい私たちはアウトプットが数字ではなく、言葉やヴィジュアルイメージになると、あたかもそれが思考をしているかのように錯覚してしまいます。

思考、つまり人間が頭の中でやっている営みは、決して計算だけに限られません。もっと複雑で、おもしろい営みなのです。

どう複雑なのかといわれると、それはもう答えられないくらい複雑です。なぜなら、脳の仕組みすら完全に解明されているわけではないのですから。

いや、脳の仕組みが解明されたところで、人間の思考のすべてがわかるとは限らないでしょう。人間の思考は、全身どころか、その外部からの影響も絡んでいる不思議な現象なのです。

それがおもしろいというのは、何が生み出されるのか予測不能だという点です。言い換えると、計算できないのです。

人間にしかできないこと

AIが計算機である限り、計算できることしか生み出せません。これに対して、人間は計算機ではないので、それ以上のものを生み出せるのです。

よく1を10にも100にも無限にもするのがAIだといわれますが、0から1を生み出すことは人間にしかできません。

仮にAIが、人間にはまったく意味不明の新しいものを生み出したとしても、それは何も生み出していないといえます。その意味不明のものに人間が意味を見出して初めて、新しいものが生まれたといえるのです。それまでは、その辺に転がっている無意味なものと同じです。

そう、その辺に転がっている無意味なものに意味を見出してきたのが、人間のすごいところなのです。そうやって私たちは世界を創造してきました。その創造の方法こそが、問いにほかなりません。

「これはなんだろう?」「これって食べられるのかなぁ?」「この形を変えたらどうなるだろう?」「これを仕事に使えないだろうか?」「もしこれが空を飛んだらどうなるだろう?」……そんな問いが物事に意味を見出すのです。

もちろんAIにセンサーを取りつけて、適当に何かに着目させることは可能です。

しかし、そのときAIは何を感じているのでしょうか? 機械なのだから何も感じるはずありませんよね。ここが問題です。人間が何かに着目するというのは、「感じた」結果です。そこには理由などありません。

次ページ言語化できないことは捉えられない
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事