「父と母、最後の10分間」 延命治療を拒否した母がいよいよ…"ずっと頑固だった父"に言わせた「愛してる」の奇跡

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ところが30分ほどして戻ってみると、いい感じどころか、父はせっせと病室の片付けとかしていて「月曜に入院するから」と。違うだろ~っ!

夜になって9時ごろ、もう強制するしかないと思い、「俺は今晩大変そうだから仮眠する。カミさんはお風呂に入る。心配だからおばあちゃんの手を握ってあげてて」と言って、無理やり手を握らせました。

私はさっさと部屋に行き、カミさんは20分くらいかな、父と一緒にいてあげたあと、お風呂に行きました。

そうして10分くらい、父と母は2人でいたでしょうか。

突然、父が大きな声をあげて、「靖人! 靖人! 息してない!」と叫びました。

私があわてて飛んでいくと、母の最後の息が「ふっ」「ふっ」と小さく3回くらいあって、すーっとまるでろうそくが消えるみたいに、向こうに行ってしまいました。

最後にね、父が手を握ったら天国に行くとかね、ホントできすぎだよと。神様ってすごいなあと。

(中略)

病院だと一杯やりながら看病はできない

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この1カ月と1週間の間、母と本当にたくさんの話ができました。毎日、仕事帰りに母の家に寄って、一杯やりながら「お葬式では何歌う?」とかね。

ひどい会話だな(笑)。

自宅療養はやっぱりよいですね。病院だと一杯やりながら看病はできない。これが、私が入院に反対した本当の理由かな?

生前、お世話になった皆さま、本当にありがとうございます。教会の仲間たち、ジャムの輪の方たち、皆さんのおかげで楽しい人生を送ったのだろうな、と思います。

そして、母の最後の旅を助けてくださった緩和ケア診療所・いっぽのスタッフの皆さん、ケアマネの内堀さん、本当にありがとうございました。

本日はどうもありがとうございました。最後に心から神様に感謝します。

【最初から読む】「67歳のときに肝臓がんの診断」 しかし延命治療を拒否した母…《"何もしない"という選択》をした彼女の真意

萬田 緑平 在宅緩和ケア医、緩和ケア萬田診療所所長

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まんだ りょくへい / Ryokuhei Manda

1964年生まれ。群馬大学医学部卒業。群馬大学付属病院第一外科に所属し、外科医として手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行うなか、終末ケアの大切さを痛感。2008年在宅緩和ケア医に転身して緩和ケア診療所に勤務後、2017年、がん専門の緩和ケア 萬田診療所を開設。亡くなるまで自宅で暮らしたい人を外来診療と訪問診療でサポートする。

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