「父と母、最後の10分間」 延命治療を拒否した母がいよいよ…"ずっと頑固だった父"に言わせた「愛してる」の奇跡

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私の話が真実であることの証しとして、そのレポート用紙をこの写真の前に置いてあります。あとでごらんになってください。

その日の夕方、父、母、私とカミさんで、その日の報告というか、いろいろ話をしました。私はなんとかきっかけをつかんで「愛してるよ」って言おうとしたのですが、これがまあなかなかうまくいきません。

内心じたばたしているうちに、カミさんがすっくと立っておばあちゃんの手を握り、大きな声で、「おばあちゃん、よい息子さんを生んでくれて、私にくれてありがとう!」と――。

そしたら、母の顔がぱあ~っと明るくなって「あれあれ~」とか叫んで。今後一生、カミさんには頭があがりません。

まあ、このセリフも本当は萬田先生に参考例として教わっていたのですが。

それでも本当に母には効果があって、「この子が生まれたときには、本当に玉のような子で」とかなんとか……、思いっきり私の子どものころの話になって、父も一緒に盛り上がって。

母は本当に輝いているようでした。

そして、私はもうどこにいたらいいのかわからない状態でした。

私自身はそのあとドタバタしている隙を狙って、寝室で母と2人きりになった瞬間に必死に告白しました。でも全然決まらず、まあポテンヒット程度で。

とても亡くなる前日の写真とは思えない

この晩の話で、歯車が“いっぽ”進みました。私も反省して母の気持ちを汲み、同じようなターミナルケアのある病院への入院を申し込むことになりました。実際、日々病状は悪化していて、もう父だけで夜を見るのは無理なので私たちが実家に泊まり込むことにもなりました。

11月12日に入院することが決まったのが、11月8日。

翌々日11月10日の未明、苦しがる母を見て泊まり込んでいたカミさんが、いっぽの看護師さんを呼びました。その際、看護師さんから「この土日に会いたい人に会わせてください」と言われてしまいました。

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