「父と母、最後の10分間」 延命治療を拒否した母がいよいよ…"ずっと頑固だった父"に言わせた「愛してる」の奇跡

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10月22日からいっぽの本格的な訪問診療が始まりました。看護師さんが毎日自宅まで来てくださって、モルヒネなどを使いながら、痛みがないように、ないようにと的確に対応してくれます。

私はこのころ「できれば最後まで自宅で」と願っていました。変に機械的な病院など絶対入れたくないと思っていました。

一方、父は、「いっぽから看護師さんは来てくれるけど、医者はたまにしか来てくれない」と言って不満そうでした。

夜間、自分一人で、苦しがる母の心配をするのも大変だったみたいです。ただ、私たちも「交代で泊まるよ」と言ったのですが、「仕事もあるのに、そんなことはできねえっ!」とか言い張って、ホントに困った意固地なオヤジです。

この数週間、母はそんな中でも実にうまく父をコントロールして、みそ汁はつくらせるわ、掃除、洗濯、洗濯物干し、生ごみの処理など、一生分の家庭科教育を施していました。

ほんと、今日びの男に本当に必要なのは“家庭科”です。

父は、家庭科実践も大変だし、夜中に「う~う~」言う母も心配だし、ということでいっぽなんかやめて、どっかの病院に入れたいと願うようになりました。

毎日私と父は言い争いをするようになった

私は私で“青二才”で「母の願いは自宅で天国に行くこと」と決めつけ(母の気持ちを考えず)、毎日私と父は言い争いをするようになりました。

母はこのころ、痛みを抱えながらもふつうに生活していましたので、こんな私たち2人を見て心を痛め、途方に暮れていたみたいです。

また、父が心配のあまり、母が寝ながらう~う~呻いていると「大丈夫か」とか言って起こしてしまうとか、邪魔してしまうことも数多くありました。

まあ、不器用な人です。

状況が混迷してきて困った私とカミさんは、11月16日にいっぽの先生に面会を申し込みました。

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