「父と母、最後の10分間」 延命治療を拒否した母がいよいよ…"ずっと頑固だった父"に言わせた「愛してる」の奇跡

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11月10日には、母が前から気にしていたシャワーに入れてもらったあと、猪俣神父様にそれまで犯した罪を全部許しますよ、という「全免償」の秘跡をいただきました。

母のきょうだい3人組が来ました。母の妹夫妻、私の弟一家、それから私の次男の大梧もかけつけてきました。

4日前の“愛してる”家族会議ではきちんと話ができた母でしたが、この日はもうかなり朦朧(もうろう)としていました。でも、神父様やきょうだいなど会う人のことはちゃんとわかっていました。一瞬わかるのだけど、次の瞬間にはすーっと眠りに引き込まれちゃう感じでした。

その日の夕食は焼肉でした。死にそうな人の隣の部屋で焼肉っていうのもなんだな~って感じですが、まあ料理の準備が楽ですから。

食事が終わったころ母の意識がはっきりしてきて、「焼肉食べたんだよ~」と言ったら、母が「そっちへ行く」と! つまり「食卓に行く」と。

私が体を支え、弟が両手を持って立ち上がらせると、驚くほどの速さで食卓まで歩いて、いつもの自分の席に座りました。孫のかやこがむいてくれたぶどうを2つ食べました。

食卓で記念撮影をしました。ここに弟一家と母、それから父と母のツーショットの写真があります。とても亡くなる前日の写真とは思えません。

父と母を2人っきりに…

翌日、11月11日にはもう意識がなくなりました。少量の吐血があり、「ふ~っ……、ふ~っ」と、何秒かおきに息をする状態がずっと続きました。

雨が降ってきて、来客もなく静かな午後でした。

夕方、私は、なんとしても父と母を2人っきりにしようと思いました。

それまで萬田先生の“愛してるよって言わせよう”に何回か挑戦してみたのですが、四角四面の父にはまったく通用しません。

夕方、カミさんが買い物に出かけ、あとは私と父だけになったので「チャンスだ!」と思い、「おじいちゃん、おばあちゃんの横にいてあげてね、俺ちょっと用事があるから」と自宅に戻りました。2人だけになれば、こうなんていうか、“いい感じ”になるんじゃないかと期待してたんですね。

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