外国人・移民問題「放置すればフランスのようになる」は本当か、理想を掲げて本気で取り組んだが挫折した仏独
しかし、それだけでは増え続ける長期在留外国人がもたらす社会秩序の破壊は食い止められない。曖昧化したままの移民政策、同化政策が限界に達しているのは確かと言えるが、そもそも外国人の定住化、共存を前提としていない日本の状況は理念の押し付けで挫折したフランスとは異なる。
そのため根本的な制度設計を検討することなしに表面化した問題への部分的法改正で対処してしまえば、さらなる混乱や悲劇を生む可能性のほうが高いというのが筆者の見解だ。
問題を整理すると、欧米先進国と日本の外国人問題の共通点は、圧倒的に経済的要因が大きい。政治難民は出身国が安定すれば帰国が前提だが、経済難民と言われる移民は、移民先での定住をめざす場合が多い。経済的に豊かで社会保障制度が整備されている日本を含む欧米先進国を移民が目指す理由は貧困からの脱却と安全で安定した生活のためだ。
受け入れる側も経済成長に伴う労働力確保で、少子高齢化社会を抱える先進国は移民需要がある。ドイツが高度スキル人材の多いシリア難民を受け入れたのは、優秀な労働人材が必要だったからでもある。
一方、難民受け入れに積極的だった欧米諸国はキリスト教的価値観に基づいた人道主義もある。困難に直面した人に寄り添うキリストの教えが難民・移民受け入れの人道的側面には存在する。
しかし、例えばフランスで取材したチュニジア人家庭は、フランスでは家賃の安い公営住宅に住みながら、受け取る家族手当などでチュニジアに豪邸を建てた例も珍しくない。理想と現実の矛盾を抱えている。
受け入れる側に潜む深刻なアイデンティティ劣化
フランスで30年前に聞いたことは、「そのうち、イスラム教徒がキリスト教徒を上回り、フランスはイスラム国家になる」と冗談めいて話していたことだった。その時点でもカトリック教徒と言いながら日曜日のミサ参加者は国民の16%で、ヨーロッパで一番低かった。
対するイスラム教徒は戒律主義なので、信仰告白(信者としての宣言)、礼拝、断食、施し(貧しい人への喜捨)、女性の肌の露出制限などを守る信者が多い。
強力な共同体意識が存在し、信仰的価値観は国の法律の上に存在する。アッラーの神への絶対的帰依を要求するイスラム教徒にとっては、国の法律は二の次だ。彼らが今、フランスをフランスでなくしていると警鐘を鳴らす人は増える一方だ。
つまり、ヨーロッパにおける移民に対する危機感は、イスラム教がもたらしている側面が大きく、日本との共通点は少ない。日本でのイスラム教徒との問題は、九州の大分県日出町にムスリムが要求した墓地設置問題だ。
火葬を拒否するムスリムの墓を拒否しているが、実は日本も江戸時代までは土葬が一般的だった時代もあり、宗教的理由ではなく、公衆衛生的理由、土地不足から火葬に移行した経緯がある。その理由だけで、在日イスラム教徒を説得するのは難しい。


















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