少年時代の夢を叶えてメジャーリーグへ。ボストン・レッドソックス吉田正尚が中学時代から貫く「流儀」

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「ハーパーはすごく魅力的でした。スイングだけでファンを熱狂させることができますからね。大学3年か、4年の頃に初めて存在を知ったけど、僕と同じ右投げ左打ちで、年齢は彼が1学年上なので、親近感というのか、自分に重なる部分もあって好きになりました。時間があればYouTubeで彼のホームラン集を見ていましたから」

小学校の卒業文集で「大リーグに行きたい」と書いた少年の頃の夢が、新たな形で、よりリアルに立ち上ってくるのが自分でもわかった。

「彼みたいな存在になりたい。そういう立ち位置に行きたい。その思いは強くなりました。スター選手として、常に結果を残し続けているすごさに憧れを抱きましたね。メジャーへの思いは、ますます強くなりましたし、自分がプロ野球選手となってからは、自分自身と彼らとを置き換えて見るようになった気がします。

〝もしも自分だったらどうするかな?”と考えながら見ることで、彼のすごさがさらに理解できるし、同時に自分自身のレベルアップにも繫がるような、そんな気がしていました」

新天地・ボストンへ

ナショナルズ時代のハーパーは背番号《34》を背負っていた。オリックス・バファローズ入団時に、吉田がこの番号を選んだのは当然のことだった。

「球団からは、いくつかの空き番号を提示してもらったけど、その中に《34》もありました。ハーパーもそうだし、(デビッド・)オルティスもこの番号だし、日本人の左打者でこの番号をつけている選手は思い浮かばなかった。だから、〝面白いかもな”と思ったし、《34》にして正解だと思っています」

それは、BLF(ベースボール・レジェンド・ファウンデーション)の岡田真理代表や、親友の水野谷光紀氏が証言していたように、「誰もやっていない」ことを大切にする吉田らしい発想だった。

バファローズでも着実に結果を残した。プロ7年目となる2022年には日本一の立役者となった。今こそ、子どものときからの夢を実現するときだった。

そして、ポスティングシステムによって、吉田のメジャー移籍が正式に決まった。新天地はボストン・レッドソックス。ニューヨーク・ヤンキースと並ぶ名門球団である。契約内容は5年9000万ドル、日本円にして当時のレートで約123億3000万円という超破格の大型契約だった。

心機一転、背番号は《7》に決まった。ちなみに、レッドソックスでは背番号《34》はオルティスの偉業をたたえるべく、永久欠番となっている。

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