音楽界に異変?「フォーク」人気が再燃のワケ 吉田拓郎や長渕剛だけではない

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今、再燃する「フォーク」ブームの真相を探る(写真は、「JAPAN FOLK FESTIVAL」の様子)
フォークソングと聞いて、ひらめく歌はなんだろう。フォークシンガーと聞いて、思い出すのは誰だろう。吉田拓郎、南こうせつ、なごり雪、そう答えたあなたは、50代? 長渕剛なら40代? 30代以下にとっては過去の音楽……。
ひょっとしてこれらは思い込みかもしれない。フォークの担い手やファンが、今、大きく変化している。ちまたで起きている、静かに熱いフォークブームを探った。

そもそも、フォークとは何か

今年9月、台東区の隅田川沿いに設けられた特設ステージで「下町フォーク・フェスティバル」が開催された。プロ、アマ合わせて15組の「フォークシンガー」たちが集い、それぞれの「フォークソング」を熱く歌い上げた。それぞれ、と表現したのは、個々の楽曲が表現する世界観やメロディライン、詩のタッチがあまりに幅広く、一口に「フォーク」と言っていいのか迷うところがあったからだ。

スカイツリーを望む隅田川沿いで開催された「下町フォーク・フェスティバル」には、プロアマ含め、若手からベテランまで多くのフォークシンガーが登場した

「フォークソング」とは、もともと「民謡」を指す言葉だったが、そこから派生して、今では広い意味を持つようになった。1940年代のアメリカで、民衆の間で昔から親しまれていた民謡を演奏するプロミュージシャンの動きが台頭し、ほどなく、オリジナル曲も歌われるようになった。すると、当時の社会課題であった公民権運動や人種差別、戦争をなくそうというメッセージが込められるようになり、それを日本がまねた。

THE ALFEEの坂崎幸之助さんがTOKYO FMで語ったところによると「最初は訳して歌ったり、英語のまま歌ったりしてたんだけど、自分のメッセージを伝えていこうということで、日本語で自分たちの言葉で歌うようになった」という。それが1960年代の学生運動のころだ。

1970年代になると、日本のフォーク界に吉田拓郎という大ヒットメーカーが登場する。すると、フォークギターで情感たっぷりに歌い上げる内容も、社会的なものから、個人の心情や風景、愛などへと変わっていった。今、日本で「フォーク」と言っていちばんに思い起こすのは、この頃の歌い手や曲調だろう。したがって、「いわゆる」フォークファンは、1970~80年代に青春を過ごした、今の50~60代が多い。

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