「新生児取り違え」育ての母は昨年他界 事業畳み20年以上かけて親探し 焦燥の中で自分追い求める男性の今 都知事謝罪も…
江蔵さんの半生をたどるうちに思うのは、「なぜそこまで出自を追い求め続けるのか」という根源的な問いだ。
江蔵さんは新生児取り違えの当事者であると発覚して以降、自身が立ち上げた事業を畳み、20年以上の歳月と莫大な資金を費やしてきた。血縁関係があると思っていた両親が、実は育ての親だと判明した喪失感はどのようなものなのか。
「私は幼少期から父とウマが合わず、14歳の時に家出して職を転々としてきました。そうした過去を踏まえると、もし実親のもとで育てられたら、まったく異なる半生を歩んでいたのではないかと思わずにはいられない。どこか毎日が上の空になってしまうような感覚です」
出自がわからない同士との“交流”
実親を探す過程で、自身と境遇が近しい当事者とも接触してきた。同じ新生児取り違えの当事者や、非配偶者間による人工授精で生まれた人など、出自がわからない同士との交流は励ましになった。
「以前お話しした人工授精で生まれた女性は、育ての父が難病を患い、遺伝的に自身の身体について調べていたところ、母から人工授精の子供だと打ち明けられたそうです。実父と思っていた方との間に血縁関係がないと知った瞬間は、とてもショックを受けたと話されていました。
私も同様に、DNA鑑定の結果を聞いた時は、頭が真っ白になりました。その女性も私も、血縁関係がないと発覚したのは成人以降です。それまで確固たるものとして築いてきたアイデンティティが一気に崩れ去った。言葉にするのは難しいですが、それ以来ずっと出自にとらわれ続けてきたのは確かです」
たまに同僚や地元の近しい年代と会えば、話題は持病の話や、両親の介護に及ぶ。そうした際、反射的に思い浮かぶのは実親の存在だ。
自分の根幹にあるアイデンティティが、突然揺らぐ感覚は計り知れない。それだけ出自をめぐる問題は根深く、当事者が執着する証左にも映る。
「今後、取り違えの相手が見つかったら、育ての両親と同居していた家を見せたい。この家で両親がどう過ごしてきたか、どんな半生を送ってきたのかを話したいですね。そして私も、同じように実親の半生を知りたい」
新生児取り違えという半世紀以上前の事案は、裁判によって事実として認定された。それでもなお、当事者が自らの出自にたどり着けるかどうかは、本人の意思だけでかなわない。江蔵さんの願いはいまも宙に浮いたままだ。
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