福島原発事故・井戸川裁判傍聴記・判決編(後編) 提訴から10年の訴訟はこれからも続くのか? 〝支援者〟たちとの隔たり

2025年7月30日、福島第一原発のある双葉町の元町長、井戸川克隆(79)が国と東京電力ホールディングスを相手に起こした民事訴訟の判決が東京地裁で言い渡された。阿部雅彦裁判長は国の法的責任を認めず、国と東電の主張を丸のみした判決の要旨を法廷で朗読した。それはまるで法廷に来た支援者にこの訴訟を無意味と印象付け、井戸川に〝泣き寝入り〟を迫るかのようだった。
「双葉町長だった自分にしか言えないことがたくさんある」。原発事故によるあらゆる被害を訴えたために一審だけで10年に及んだ「井戸川裁判」。〝敗訴〟は覚悟していたとはいえ、訴訟の意義さえも完全否定された。社会から広く理解を得て歴史に残すこともかなわなければ、この10年間は無駄に終わる。80歳を前に井戸川はこれからも闘い続けるのか。
私は13年にわたり井戸川の取材を続け、昨年2月に『双葉町 不屈の将 井戸川克隆――原発から沈黙の民を守る』(平凡社)を刊行した。本記事は筆者による井戸川裁判傍聴記の一審判決編(後編)である。
井戸川は控訴するのか?
民事訴訟法は控訴状の提出期限を「判決文の送達を受けた日から2週間以内」と定めている。控訴状は控訴の意思を伝えるだけなのでそれほど手間はかからない。他方、控訴から50日以内に提出しなければならない控訴理由書は、一審判決の誤りを指摘しなければならず、法律的な知識も要求される。
代理人弁護士が付かない本人訴訟になっている井戸川にとって負担は大きい。また控訴審(二審)は一審判決の是非が争点となるため、早々に審理を打ち切られて、不完全燃焼で終わる危険性もある。国と東電はまず控訴しないだろう。次の焦点は井戸川が一審判決を不服として控訴するかに移った。
判決直後の、地裁正門前でのぶらさがり取材で、記者から控訴の意思を問われた井戸川は「控訴するかどうかはまだ決めていませんが、許せないという気持ちです。原告の私自身が経験者で証拠であるのに裁判長がウソを言ったわけですから」と不満を示した。一方、「どうなるかまだ断言はできませんが、単なる控訴だけで済む話ではない。もっと深いところに飛び込んでいきたい」とも述べ、言質を与えなかった。
まだ最終的に決めていないのは事実だろうが、少し前から一審で終える方向に傾いているように私の目には映った。
そもそも井戸川がこの裁判で求めていたものは、字面だけの勝訴判決でも、残りの人生で使いきれないほどの巨額の賠償金でもない。裁判を通じて国策の誤りと自らの正義を歴史に刻むことにある。あまりに黙殺ぶりがひどいとはいえ、〝敗訴〟判決は予想されていた通りだ。
判決文によって歴史に刻むことができなくとも、井戸川が記した膨大な裁判書面に光が当たれば当初の目的を達成できる。だから井戸川は口頭弁論のたびに報告集会を開いて準備書面を配り、「井戸川裁判を支える会」のホームページに公開してきた。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら