なぜ最近はドラマや映画発のヒット曲が少ない? 「おしん」「もしもピアノが弾けたなら」の作曲家・坂田晃一さん語る《音楽に主張がなくなったワケ》

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その後の活躍は目覚ましく、特にNHKの橋田壽賀子さん脚本作品で次々にヒット曲を生み出しています。

大河ドラマの『おんな太閤記』(81年)をはじめ、62.9%という、日本のテレビドラマ史上最も高い視聴率を記録した連続テレビ小説『おしん』(83~84年)や、『いのち』(86年)、『春日局』(89年)のテーマ曲や音楽を担当しました。

また映画では、『無頼 人斬り五郎』(68年)、『日本一短い母への手紙』(95年)、『佐賀のがばいばあちゃん』(2006年)などでも音楽を担当。森山良子さんの「さよならの夏」(1976年)は、後に手嶌葵さんの歌唱で劇場版アニメ『コクリコ坂から』(2011年、宮崎吾朗監督)の主題歌となりました。

坂田晃一さん
坂田晃一さん(写真:筆者撮影)

誰もが知る「テーマ音楽」が生まれた背景

坂田さんが東京藝大を目指し、ドラマや映画音楽の道に進むことになったきっかけは、街の喫茶店でかかる映画音楽でした。

「当時、喫茶店でかかる映画音楽といえば洋画のものが多く、ミシェル・ルグランやフランシス・レイの作品など、映画タイトルで言えばアメリカ映画『エデンの東』(1955年)、フランス映画『ヘッドライト』(56年)、イタリア映画『自転車泥棒』(48年)などの曲が流れていました。身近に触れる音楽が、映画音楽だったのです」

また、それに加えて高校時代からラジオドラマなどもよく聴いていました。放送終わりにアナウンスされるスタッフ名の中に、当時一番の売れっ子作曲家だった、後の師匠・山本直純さんの名前が「音楽:山本直純」という形で読まれることが多々ありました。

「自分の頭の中で、『音楽』と言えば『山本直純』とインプットされ、その結果、山本先生のもとで学ぶこととなり、先生と同じく作曲家の道を歩むこととなりました」

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