ますます中国色に染まるラオス、"欧米バックパッカーの楽園"はもはやハングルと漢字だらけ!? 愛子さま訪問は大ニュースだったが…
息子より年下のラオス人ガイドに日本語で「気を付けて」「ちょっと待って」「足ここ」と指示されながら、ロープを頼りに上を目指した。相当危なっかしく見えたのだろう。東南アジア人、欧米人と、いろんな人から手を引っ張ってもらってどうにか登頂した先に、すばらしい景色が広がっていた。
しばらくして気づいた。SNSで何度か見たことがある風景だけど、そこに行くのがあまりにも大変そうだったので、はなから調べていなかった。
岩山を30分登ると事前に聞いていたら、そもそもこのツアーには参加していなかった。筆者の運動能力と体力を懸念する夫が止めていただろう。
知識や経験値が増えると、きつくて大変なことのリスクを見積もってちゃんと避けられるようになる。その分何も知らない頃のような感動は味わえなくなる。ラオスはいつも、私に刺激をくれる。
日中関係は「上の人たちの話」
頂上で一息ついて、一緒に山を登った中国人女性・明明(仮名)と話した。中国の正月は春節(旧正月)だが、1月1~3日も公休日だったので、上海から旅行に来たという。
「本当はベトナムに行きたかったけどビザ申請が間に合わなくて。ラオスは(入国時に申請できる)アライバルビザで入れるので、どんなところか分からないままとりあえず来たのよ」
日本人はラオスもベトナムもノービザで入国できる。つくづく恵まれている。
明明は「日本もずっと行きたいのよ。食べ物も観光地も何でも水準が高いと聞いている」と話す。
「今の日中関係じゃ来にくいんじゃないの?」
「上の人たちは上の人たちなりの利益があるのだろうけど、私たちは関係ないでしょう。うちの上司だって、『上の利益と我々の利益は別』と言ってる」
筆者がかつて中国・大連に住んでいたことを知ると、「アイヤ、大連は前のトップが習近平の政敵になってしまったから、習近平が力を持っている限り発展できないね」と腕を組んだ。
前のトップとは、大連市長や重慶市トップを務め、2012年に失脚した薄熙来(ボー・シーライ)氏のことだ。大連の人たちからは時々聞く話だが、上海在住の彼女が言うってことは、中国人の共通認識なんだろうな。



















無料会員登録はこちら
ログインはこちら