《ミャンマー軍事クーデター後の惨状》拉致、銃殺、胴体切開による拷問─非道すぎる軍を前に市民が貫いた「非暴力」も無力に…日本の対応は
確かに、デモやCDM、ボイコットなど、彼らの非暴力の闘い方は、軍の残虐性を際立たせ、正当性を失わせ、国際世論を味方につけた。どんなに酷く打ちのめされても、理想を掲げて立ち上がり続ける彼らは、美しかったのだ。
だが、非暴力は無力だった。少なくとも私は、そう感じた。弾圧されないように非暴力を貫いても、むざむざと殺され続ける若者たち。それは、美談として片付けるにはあまりにも残酷な結末だった。それに、彼らの姿は間違いなく世界に発信されているのに、国際社会は「非難する」と繰り返すだけで、誰もこの虐殺を止めてはくれない。
人々が反撃を決意するまでに、どれだけの人が殺されただろう。青空の下で自由を叫ぶ丸腰の市民に、軍は銃弾やロケット砲を撃ち込んだ。それでもデモ隊は「暴力でやり返すな」と諫め合っていた。実弾で頭部を狙う「治安部隊」に、ロケット花火で対抗していた若者たち。
犠牲者はデモ隊だけではなかった。命を救おうと奔走した医療者。自由を綴った詩人。イデオロギーなど知らない小さな子どもまでも標的にされた。農村部では空爆による無差別爆撃が行われ、学校や教会も破壊された。
人々は国中で「ミャンマーを助けて」とプラカードを掲げ、国際社会に助けを求め、そして黙殺された。市民は、喜んで武器を手に取ったのではない。非暴力が、あまりに無力だったのだ。
日本の対応はどうだったのか
ところで、日本政府はこのクーデターにどう対応してきただろう。
まずクーデター当日、茂木外相が談話を発表し「重大な懸念」を示した。さらに軍政への要求として、①民間人への暴力の即時停止、②スーチー氏を含む拘束者の即時解放、③民主的な政治への早期回復、の3点を訴えた。
これらは最低ラインの内容にも思えるが、軍にとってはそれなりにハードルの高い要求だ。暴力や民主主義に関しては何とでも言い訳できるだろうが、スーチー氏を解放するわけにはいかないからだ。それでも日本政府は、ミャンマー情勢について問われるたびに「この3点を強く求めている」と繰り返してきた。



















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