自由奔放な織田信長が認めた「一度も失態を犯さなかった男」 大河ドラマ「豊臣兄弟!」個性溢れる戦国武将を支えた右腕の存在
そのほかにも、徳川家康には本多正信、上杉景勝には家老の直江兼続といったナンバー2がいたように、天下人・豊臣秀吉にも右腕と呼ぶべき存在がいた。それが、弟の豊臣秀長である。
兄からスカウトされた秀長
兄の秀吉が家を飛び出して立身出世の道を探っているとき、弟の秀長は農作業に打ち込みながら、母や姉、妹たちの生活を支えていた。
だが、秀吉が1554(天文23)年に17歳で信長に仕えたことをきっかけに、本人のみならず、秀長の人生も大きく変わる。秀長も武士へと転身し、兄と同じく信長に仕えることになったのだ。
秀長が兄からスカウトされた時期は、秀吉が25歳にして足軽組頭に出世を果たした頃だと考えられる。秀吉からすれば、信長に認められて部下を率いる立場になったものの、信頼できる家臣がいない。そこで弟の秀長に目をつけたのであろう。
だが、その後の秀長の働きぶりは、秀吉の想像以上のものだったのではないだろうか。状況的に、秀長が最初に兄とともに乗り越えたのであろう、プロジェクトがある。のちに「藤吉郎の金ヶ崎退き」として語り草となる撤退戦である。大河「豊臣兄弟!」でも、序盤の見どころの一つとなりそうだ。
秀吉が天下人になるために欠かせなかった「理想のナンバー2」、豊臣秀長。その活躍ぶりに注目していきたい。
【参考文献】
杉山博編『多聞院日記索引』(角川書店)
竹内理三編『史料大成多聞院日記〈全5巻〉』(臨川書店)
太田牛一著、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
河内将芳著『図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石』(戎光祥出版)
柴裕之編『豊臣秀長 シリーズ・織豊大名の研究14』(戎光祥出版)
新人物往来社編『豊臣秀長のすべて』(新人物往来社)
真山知幸著『企業として見た戦国大名』(彩図社)
真山知幸著『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』(日本能率協会マネジメントセンター)
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