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ライフ #東京で最初に住んだ街

「まるで夢の国」→「居心地悪くなって離れる」…転勤で念願の上京、24歳女性が吟味して選んだ「三茶でも吉祥寺でもない」街の魅力と、変化の実態

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  • 大関 まなみ フードスタジアム編集長/外食ジャーナリスト
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にもかかわらず、街に以前のような「困惑」は漂っていないように感じられた。インバウンド向けの店は看板や店のつくりから一目でそうだとわかる。日本人向けの店と明らかにすみ分けがされるようになっていた。

以前よく行っていたラーメン屋に入ってみた。前は日本人しかいなかったお客も、今では2割くらいが外国人観光客だった。店員は慣れているのかスムーズに英語でメニューの説明をしており、オペレーションを崩すことはなかった。「お味はいかが?」なんて聞く余裕すら見せていた。

客層は変わっていたが、変わらぬラーメンの味にホッとした(筆者撮影)

人間は適応する生き物だ。商売人たちはもう外国人観光客の相手に慣れており、街は地元民との共存が図られていた。私がいた頃はまさに変化の兆しが見え始めた混乱期だったのだ。

「人間も、街も変わっていくんだ」

そんなことを思っていると、不思議と胸の奥にあった寂寥感も薄らいでいった。

若い頃の想い出は、色褪せぬまま胸の中にて輝く

かっぱ橋道具街を、訪日外国人に紛れて練り歩く。「ニイミ洋食器店」のジャンボコック像が迎えてくれる道具街は変わらずそこにあった。現在、私はお菓子作りの熱は消えてしまったが、整然と並ぶケーキ型を見ると当時のわくわくした気持ちがよみがえってきた。

今も昔も変わらず街を見守るジャンボコック像(筆者撮影)

あの頃、コツコツ買い集めたケーキ型はまだ自宅に大切にしまってある。久しぶりにフィナンシェでも焼こうかと思いながら、道具街を後にした。

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