「まるで夢の国」→「居心地悪くなって離れる」…転勤で念願の上京、24歳女性が吟味して選んだ「三茶でも吉祥寺でもない」街の魅力と、変化の実態

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当然、浅草にもインバウンドが流れ込む。それとともに街の様相も変化していった。自宅から最寄りの田原町駅へ歩いて行くのに、年々、時間がかかるようになった。道に不慣れな観光客が増えて人をよけながら歩くからスピードが落ちるのだ。カフェに入って前に並んでいるのが外国人観光客だと、日本語が通じずに注文に四苦八苦するため時間がかかる場面に出くわすことも多くなった。

街には「サムライ」とか「ニンジャ」とか書かれた店が増えていった。特に印象的だったのが、コスプレをした外国人観光客がマリオカートに乗って公道を走るサービスが浅草に登場した際のことだ。

「サムライ」「ニンジャ」が書かれた看板
2010年代後半から「サムライ」「ニンジャ」などをうたう観光客向けの施設が目立ち始めた(筆者撮影)

今では「見たことある」という人も多いかもしれないが、当時はこのサービスが出始めの頃。浅草の地元情報を発信するウェブメディアが物珍しさからそのサービスを取り上げたところ、地元民と思われる人たちからバッシングのコメントが殺到した。

記事の内容は「浅草にこういう施設がオープンした」という趣旨だったが、「地元民は迷惑している」「危険だ」といったサービスの批判から「こんなものを取り上げるのはおかしい」といったメディアへの批判になっていった。コメント欄がヒートアップすると「最近の浅草の外国人観光客のマナーの悪さ」など無関係の呪詛まで書きこまれるようになった。「こんなものは観音様に失礼です」と、浅草観音の気持ちを代弁するコメントまであったのを覚えている。最終的にメディアは謝罪のうえ、記事を削除した。

罵詈雑言をコメントするのはどうかと思うが、私も気持ちはわからなくないと思った。インバウンドの急増によりそれまでの生活が急激に変化し、あの頃の浅草の地元民は、えも言えぬ「困惑」、フラストレーションを抱えていた気がする。たかが2、3年しか住んでいない私がそうなのだから、昔から住んでいる人はなおさらだ。

楽しかった街が、だんだんと居心地が悪くなっていった。嫌いではないし、今も大好きだけど、もしかしたら「大好き」が「好き」くらいに変わってしまうかもしれない……当時、会社も辞めて生活環境も変わっていた私。合羽橋(浅草)という街に募る想いはあったものの、色々考えた末に2018年に合羽橋を離れることにした。

その後、東京生活にも慣れた私は、何度か引っ越しをした。住んだ街はどこも気に入っているが、今思えば合羽橋に対する感情は、他の街とは少し異なっている気もする。合羽橋のことを思うと、なぜか胸の奥が疼くのだ。たぶん、上記のような経緯で離れたことで、えも言われぬ淋しさを抱えたままだったのだろう。

久しぶりに訪れる合羽橋

あれから8年――私は久しぶりに浅草、合羽橋を訪れた。

私が越してきた2013年に1000万人を突破した訪日外国人数は、今では4000万人に到達しそうな勢い。当時の比ではなく浅草はインバウンドだらけだ。サムライ、ニンジャに加えて「抹茶」や「和牛」が幅を利かせ、以前に増して浅草は外国人観光客が「日本」を楽しむテーマパークと化していた。

合羽橋の風景
以前にも増して外国人観光客の姿が目立つ(筆者撮影)
和牛の看板
和牛は浅草の名産なのかと思うほど和牛を売りにした飲食店が多い(筆者撮影)
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