けっして嘆くべきことではない…【88歳の女性作家】が感じた「老年期の孤独」が伝える"深いサイン"
そんな説を振りまいて誰が得するのか、見当もつきませんでした。(あとになって、こうした発言の多くはロシアのボットによるもので、選挙の撹乱を狙った工作だったと明らかになりました)。
わたしの世代は、事実だと思って鵜呑みにする前に情報源を確認するように教えられたものですけどね。
孤独を感じるのは、恥ずかしいことではない
世界の至る所で、人は孤独を抱えています。恐怖や飢えや渇きに苦しみ、住む場所さえ失っている人も少なくありません。干ばつや飢饉、洪水や火災、暴力、戦争、避難生活、病気に直面しながら、命をつなぐためだけに必死に闘っている人が、何百万人もいます。
こうした人々は孤独を感じる暇すらありません。一方で、わたしのように先進国に暮らし、平和で自由な合衆国の一州に身を置く者(つまり、まだ国民のために機能している政府の下に暮らす者)にとって、孤独は一種の贅沢です。
詩人ロバート・ブライは、詩の朗読会でこう助言しました。もし孤独を覚えたなら、ひとりで出かけるべきだ。できれば、人里離れた森の中の小屋へ行くとよい、と。「孤独を糧にせよ」。ブライはそう聴衆に告げたあと、ギリシア音楽で盛んに使われる弦楽器のブズーキを手に取り、新作の詩に伴奏をつけ始めました。
もっと良いのは、電話を手に取り、友人へ電話すること。「寂しい」と伝え、「コーヒーを飲みにおいで。バナナグラム(訳注:アルファベットの書かれたタイルを使って単語を作るワードゲーム)をやろう」と誘ってみるのです。
孤独を感じるのは、恥ずかしいことではありません。不安を覚えたからといって恥ずかしがる必要がないのと同じです。
生きている限り、心地よい感情ばかりでなく、「否定的」な感情や落ち着かない思いも味わいます。
人は「否定的」な感情と呼びますが、こうした感情を良いとも悪いとも決めつけず、また背を向けずに受け止めてみれば、何らかの行動を起こすべきときかもしれないと知らせるサインにすぎないとわかります。


















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