けっして嘆くべきことではない…【88歳の女性作家】が感じた「老年期の孤独」が伝える"深いサイン"
その人の友人で、今は介護付き住宅に暮らす女性が、孤独感にさいなまれていて、この年になると腹を割った人づきあいを新たに始めるのは難しいと嘆いていたそうです。
「何が悲しいって、わたしのことを誰も知らないのよ」。その友人が言ったそうです。
「あの人たちの目に映るのは年老いた女の姿だけ。わたしが積み重ねてきた経験は、誰にも顧みられない」
この人の話に多少の同情は感じますが、正直に言えば苛立ちも覚えます。なぜこの人は他の人に興味を覚えて歩み寄ろうとしないのでしょう。
笑顔で相手に尋ねてみればいいのに――あなたはどんなかたなの? 今(あるいは以前)興味があったり、夢中になったりしている(あるいは、していた)ことは? 人生で一番驚いた出来事や、恐ろしかった体験、胸が躍った瞬間は?
もし周りの人の経験談にきちんと耳を傾けたなら、孤独な思いをしなくて済むはずなのに。
SNSに並ぶ言葉の大半は「半分でたらめ」
SNSで、赤の他人や友人の幸せそうな投稿ばかり目にしていると、欲求不満や自己嫌悪に陥ることがかなり実証されています。どうしても他人と自分を比べてしまいますが、SNSに並ぶ言葉の大半は、半分でたらめだったり、どうとでも解釈できる物言いだったり、ときには真っ赤な嘘だったりします。
だって、怖気づいた話や寝汗をかくほどうなされた話、うつの症状だの、自分の子どもや暮らしへの不満やつらい思いだのを、さらけ出して書く人なんているものですか。
この現実に気づいたから、わたしは2016年にフェイスブックをやめました。その年の大統領選で見聞きした情報がまったくの作り話だらけではないかと心配になって、ひどく気分が落ち込んだからです。
発信者の正体もわからないまま、「これが真実だ!」「こんなの嘘だ!」といった高飛車な主張が飛んできて、いったい何を信じたらいいのやら、とわたしは思ったのです。


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら