豊田章男はなぜ顔の見える経営者になったか 「前に出る男」が体現するトヨタ創業家の本質
トヨタは10月下旬~11月上旬に開かれた「東京モーターショー2015」のプレスブリーフィングにもイチローを呼んだ。個人的な親交もあっての話ながら対談企画も含めて、「エンターテインメントなPR企画じゃないの?」「おカネのあるトヨタだからできる話でしょ?」「豊田社長のスタンドプレーでは?」などと、いうネガティブな見られ方をするリスクはある。
特異な露出が続く
ただ、詳しくは割愛するが、対談の中身は一般のビジネスパーソンにとっても示唆に富んでいる。イチローという超一流スポーツ選手とのやり取りを通じて、日本を代表するトヨタの経営者・豊田の考え方や実体験、悩み、葛藤など知られざる内面を垣間見ることができる。ちゃんと中身を見たら、豊田に好感を持ったり、共感したりする人は少なくないはずだ。
豊田は2009年6月に豊田家への「大政奉還」で社長に就任した。トヨタの今年度(2016年3月期)は3期連続となる過去最高純益の更新を見込むなど、リーマンショック前の水準を大きく上回っている。そんな業績好調も一つの要素かもしれないが、ここ最近のトヨタから感じるのは、社長である豊田の個性が前面に見え、その存在感が増していることだ。
「顔の見える経営者になってきた。トヨタを一つにまとめているという印象がある」。戦略的PRコンサルタントの野呂エイシロウは豊田をこう評する。
イチローとの対談だけではなく、豊田は特異な露出が続いている。男性ファッション誌「GQ JAPAN」誌面で、自らが「記者」となって各界のキーパーソンにインタビューする企画「『GQ』記者 豊田章男、ものづくりを考える」を、GQ JAPAN 2015年8月号(6月発売)でスタート。第1回は日本のファッション界を代表する山本耀司と対談し、本人もGQ JAPAN誌面に登場した。
豊田はトヨタのCEO(最高経営責任者)であると同時に、高級車ブランド「レクサス」のブランド戦略を統括するCBO(チーフ・ブランディング・オフィサー)も務めている。世界的にファッション誌としてのブランド価値のあるGQを通じてものづくりを極めた人に会って、ブランドのセンスを磨くのが狙いだという。トヨタが宣伝費を投じて仕掛けたタイアップではない。
「『レクサスのCBOとして見る目を養いたい』というオファーを受けて、企画がスタートした。豊田章男さんは記者としての経験は何もないが言葉は重い。対談相手もそれに見合ったものを返すだけの関係が成り立つ」。GQ JAPAN編集長の鈴木正文は言う。
豊田と山本の対談記事は誌面掲載の約2カ月後の7月末、GQ JAPANのWEBサイトにも転載され、大きな反響を呼んだ。アクセス数やSNSでの拡散度合いなどは、GQ JAPANの通常のネット記事とはケタ違いになった。「こんなブッキングありえるんだ」などという読者の驚きの声が寄せられ、共感を得たようだ。第2回以降の企画も検討されている。